メタファーの森

メタファーの森 第6回 遍在するメタファー ―内田諭

2012年11月9日|メタファーの森

 
‣‣はじめに
 これまで「人生」「怒り」「幸せ」「時間」「愛」などに関するメタファーを見てきましたが、英語にはこの他にも様々なメタファーがあります。今回の記事では「考え」「会社」「希望」という3つを取り上げ、私たちの言語はメタファーにあふれているということを改めて見ていきたいと思います。

‣‣「考え」のメタファー

「考え」は「構築物」に例えられます。日本語でも「考えを論理的に組み立てる」などのように表現されます。「構築物」には「土台」があり、「組み立て」られ、「解体」されます。これらのシナリオが「考え」を表す表現にも適応されます。

 【Idea is a building.】
 1. Drawing a figure will help you build an idea.
   図を描くと考えを組み立てる助けになるでしょう
 2. Her question was quite simple but it took me a while to assemble my thoughts.
   彼女の質問は極めて単純だったが私の考えを組み立てるのに時間がかかった
 3. I had to re-structure my thinking.
   私は自分の考えを組み立て直さなければならなかった
 4. The experiment demolished the idea of a distinction between the two types.
   その実験によって、2つのタイプを区別するという考えは崩れ去った
 5. The foundation of your idea is certainly valid, but you should reconsider how you
   develop it.
   あなたの考えの基礎は確かに妥当だが,発展の方法を再考するべきだろう

 1の表現は、まさに「考え」を「組み立てる」という表現です。buildの他、structureやframeなどの動詞も用いられることがあります。2も同様のイメージです。3は考えを「建て直す」、4は「取り壊す」ことを表す表現です。5は、考えの「土台」をfoundationという単語で表しています。 
 
‣‣「会社」のメタファー

「会社」は目的地に向かって進む「船」に例えられ、「社員」は船に乗る「乗組員」に例えられます。また、船は目的地に向かって航行することから、会社の経営状態が船の進む様子になぞらえられて表現されます。

 【A company is a ship.】
 1. I feel my company is sinking. 私は自分の会社が沈みつつあると感じる
 2. We should run a tight ship on expenditure to get through the recession.
   不況を乗り切るには支出を厳しく管理をしなければならない
 3. This is not just about you―we are all in the same boat.
   これはあなただけの問題ではありません.みな同じ船に乗っているのですから.
 4. This is uncharted territory for our company.
   これは私たちの会社にとって未知の領域だ
 5. We need to take a different direction; otherwise our company will be on the rocks.
   違う方向に進まなければならない.そうでなければ私たちの会社は行き詰ってしまう

 1は「会社」という船が沈没寸前であることを述べ、会社の業績が悪化していることを表します。2のrun a tight shipは「厳しく管理する」の意味で、慣用的な表現として用いられます。3のall in the same boatは「運命共同体」「一蓮托生」などの意味で用いられます。同じ船に乗っているのだから、沈む時はいっしょだというイメージがこの表現の根底にあると言えます。4は「海図に載っていない水域を航海する」という意味から、thisの指す内容が、当該の会社が経験したことのない分野であることを示します。5は、会社という船が進む進路や行程についてのメタファーです。会社の経営が「船旅」であるとすると、「旅」のメタファー(life→第1回love→第5回)と通じるところがあることがわかるでしょう。
 

‣‣「希望」のメタファー
 最後に「希望」のメタファーを見てみましょう。「希望」は「光」と「火」に例えられ、それらに関連したメタファー表現が多く見られます。

 【Hope is light.】
 1. I strongly believe that there is still a ray of hope.
   私はまだ一縷の望みがあると強く信じている
 2. I have a bright hope that the project will be successful.
   私はプロジェクトが成功するという明るい希望を持っている
 3. The prospects are gloomy for the next year’s sale. 来年の売上の見通しは暗い

 1-3は「希望は光である」というメタファーに基づいた表現です。1のrayは光線を指します。文字通りには「一筋の光」となります。また、glimmer (かすかな光)of hopeという表現もあります。2, 3は、明るさは希望があることを、暗さは希望がないことを表す例です。3のgloomyはもともと暗さを表す形容詞ですが、転じて「悲観的な」という意味を表します。

 
 次の4-6の例は、「希望は火である」というメタファーに基づいた表現です。火が灯った状態で希望があるということを表し,火が消えることは希望がなくなることを表します。

 【Hope is fire.】
 4. Her face was lit with hope. 彼女の顔には希望の火が灯っていた
 5. They are burning with hope. 彼らは希望に燃えていた
 6. The news extinguished the flame of hope. そのニュースが希望の火を消してしまった

 
‣‣まとめ
 言語はメタファーにあふれています。しかし、じっくり考えないとその存在はなかなか気づかないものです(意識しないと「空気」の存在を感じないことに似ているかもしれません)。ひとたびメタファーに気がつけば、「この表現もそうか」、「なるほどそういう意味だったのか」といった発見があるでしょう。また、一度「理解」した表現は記憶にしっかりと残り、他の関連表現といっしょに記憶にとどまります。メタファーはことばを客観的に見ることができる一つの視点であり、また、ことばを学習するための一つのツールでもあるとも言えるかもしれません。
 
 この連載は今回が最後となります。メタファーの面白さ、また、ことばを分析することの面白さが少しでも伝わったのであれば嬉しく思います。最後までお読み頂き、ありがとうございました。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭(うちだ さとる)
東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・語用論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。著書に『連関式英単語LINKAGE』(Z会,2011年)など。

メタファーの森 第5回 愛のメタファー ―内田諭

2012年9月4日|メタファーの森

‣‣はじめに
 今回はまずメタファーに関する概念を少し整理することから始めたいと思います。これまで登場したメタファーは“X is Y.”(例:Life is a journey.)という形式で表されていました。つまり、メタファーにはXとYという2つの要素があることになります。Xはサキ領域(target domain)と呼ばれ、メタファーで表現される対象となるもので、多くは抽象的な概念になります。一方、Yはモト領域(source domain)と呼ばれ、表現の「材料」となるものです(こちらは具体的で経験可能なものになります)。メタファーとは、モト領域の構造や性質が、サキ領域にマッピング(写像)された表現だということができるでしょう。
 一つの概念は、様々なものに見立てられることがあります。例えば、「時間」の表現の裏には<Time is money.>や<Time is motion.>などのメタファーがあることを前回の記事で紹介しました。 一方、Yに来るものも、様々なメタファーのモトになります。例えば、「旅」は<Life is a journey.>や<Love is a journey.>など、「人生」や「愛」のモトになります。それ故、「人生」と「愛」の表現は似たものになります。以下では、「愛」を表すメタファーについて見ていきましょう。
 
‣‣愛は旅である
 <Love is a journey.>というメタファーに基づいた表現は次のようなものがあります。

 【Love is a journey.】
 1. Tom and Mary are in a dead-end relationship.
   トムとメアリーの関係は行き詰まっている
 2. Tom and Mary are at a crossroads in their relationship.
   トムとメアリーの関係は岐路にある
 3. Tom and Mary chose to go separate ways.
   トムとメアリーは別の道を歩むことを選んだ
 4. Our marriage is on the rocks. 私達の結婚は暗礁に乗り上げている

 1の例は恋人同士の関係が行き詰まった状態にあることを表します。それ以上前進することができない「どん詰まり」の道はdead-endと言いますが、これが恋愛関係に適応された例です。2のcrossroadは文字通りには「交差点」という意味ですが、そのまま関係を続けるのか、別れるのかといった分岐点にあることを表現しています。3の例は、同じ道を旅してきた恋人が別れて別々の道を進むことを表します。4のon the rocksという表現は、文字通りには「岩に乗り上げている」ということで、船が座礁している様子を指す表現です。その様子を愛(ここでは特に結婚)について当てはめると、問題(岩)によって前に進むことができない状態を表しています。
 これらの表現は、第1回の記事で紹介した<Life is a journey.>というメタファーと非常に似ていることに気がつくと思います。次の文と比べてみて下さい。

 【Life is a journey.】
 5. My life is in a dead end. 私の人生は行き詰まっている
 6. My brother and I chose to go separate ways. 弟と私は違う道を進むことを選んだ
 7. I’m at a crossroads of my life. 私は人生の岐路に立っている
 8. My life is on the rocks. 私の人生は暗礁に乗り上げている

 このようにモト領域が共通すると、表現は類似したものになるということがわかると思います。つまり、材料となるモト領域の共通性から、「人生」も「愛」も何か目指すべきところ(目的地)があり、そこに向かって進んでいく(旅をする)という類似の構造が浮かびあがってきます。
 
‣‣愛とは…?
 「愛」をテーマにした文学や音楽の作品は非常に多く存在します。これらの作品は「愛」という抽象的な概念を形のあるものとして「表現」しようとする試みだと言えるかもしれません。
 「愛」に関するメタファーもまた数多く存在します。<Love is a journey.>もその一つですが、ここではそれ以外のメタファーを見ていきましょう。

 【Love is fire.】
  9. My heart is on fire. 私の心に火がついた
 10. I’m burning with love for her. 私は彼女に恋焦がれている
 11. I don’t want to get burned again. もう(恋で)やけどはしたくないんだ
 12. She’s an old flame. 彼女は昔の恋人だ

 上の例は、「愛」を「火」に喩えた表現です。日本語の訳からもわかるように、このメタファーは日本語にもしっかりと存在しています。12の例のold flame(文字通りには「昔の炎」)は、英語独特で面白い表現です。

 【Love is a string.】
 13. There once was a romantic tie between them.
    かつて彼らの間には恋愛関係があった
 14. You should cut ties with a man like him. 彼みたいな男とは関係を断ったほうがいいよ
 15. I feel linked with her by destiny. 彼女と運命の糸で結ばれている気がする
 16. She has little attachment to her boyfriend any more.
    もはや彼女は彼にほとんど愛情を持っていない
 17. My sister is going to tie the knot with her classmate next year.
    姉は来年クラスメートと結婚する予定です

 13-17は「愛は糸である」というメタファーに基づいた表現です。恋愛関係にある二人が糸で結ばれているというイメージからこれらの表現が生まれたと考えることができます(日本語では「運命の赤い糸」という表現があります)。糸を結ぶことは恋愛関係になること、糸を切ることは恋愛関係を解消することになります。17のtie the knotは「結婚する」という意味の慣用表現です。

 【Love is fluid in a container.】
 18. My heart was filled with love. 私の心は愛で満たされた
 19. Tony has poured out his love on his wife. トニーは妻に愛を注ぎ続けてきた
 20. My heart overflows with love for you. あなたへの愛で心が溢れそうです

 18-20の例は、「愛は容器に入った液体である」というメタファーに基づいています。英語の感情表現はこのように容器に入った液体と見立てられることがよくあります(→怒りのメタファー)。日本語の「溺愛する」という表現も、「溺れるくらい大量の愛を注ぐ」ということだと解釈すると、「愛」は「液体」に見立てられていることがわかります。
 
 この他にも<Love is nutrient.>(愛は栄養である)というメタファーからHe is starved for love.(彼は愛に飢えている)といった表現や、<Love is sickness.>(愛は病気である)というメタファーを基にしたlove sickness(恋煩い)といった表現があります。
 
‣‣まとめ
 今回は「愛」を表すメタファーについて見てきました。モト領域が同じ場合(例:lifeとlove)、似た表現が用いられること、また、「愛」は表現するのが難しい概念故、多くのメタファーが存在することを示しました。
 この連載は次回で最後となります。これまで見てきたもの以外にも、英語には様々なメタファーが息づいているということを、具体例を挙げて見ていきたいと思います。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭(うちだ さとる)
東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・語用論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。著書に『連関式英単語LINKAGE』(Z会,2011年)など。

メタファーの森 第4回 時間のメタファー ―内田諭

2012年7月2日|メタファーの森

‣‣はじめに
 今回から個別の概念を取り上げ、それが英語ではどのようなメタファーによって表されるのかを見ていきます。当たり前のように思えることもあるかもしれませんが、それは「当たり前」と思えるくらいにメタファーが言語に根付いているからだと言えます。その「当たり前」を掘り返して客観的にみることで、英語の表現を深く理解し、表現の幅を広げることができるようになります。今回は「時間(time)」について見ていくことにしましょう。
 
‣‣時は金なり
 Time is money.(時は金なり)ということわざがあります。実はこれはそのままメタファーとして英語の表現に深く入り込んでいます。つまり、「時間」という目に見えない抽象的な概念を、「お金」という具体的な形になぞらえることで、時間についてさまざまな意味を表現できるのです。

 【Time is money.】
 1. I spent a lot of time with her. 彼女とはたくさんの時間を過ごした
 2. The company has invested a lot of time in this project.
   その会社このプロジェクトに多くの時間を費やしてきた
 3. In programming, a simple mistake can cost you hours of wasted time.
   プログラミングでは単純なミスで何時間も無駄な時間がかかることがある
 4. You should budget your time for each question properly.
   それぞれの問題に適切に時間配分をすべきだ
 5. This software will save you a lot of time.
   このソフトで多くの時間を節約できるでしょう
 6. I’m running out of time for the deadline. 締め切りまでもう時間がない

 spendは「(お金を)費やす」のほかに「(時間を)過ごす」という訳が一般的に用いられるため、あまりメタファーだという印象を受けないかもしれませんが、invest, cost, budgetなど、お金に関連する語彙が多く使われていることに注目してください。このことからこれらの表現の裏には “Time is money.” というメタファーが隠れているということがわかるでしょう。
 
‣‣時間は動く
 Summer vacation is approaching.(夏休みが近づいてきている)という表現では、「時間」は「動き」としても捉えられます。動いているものは「時間」(夏休み)で、それが「私たち」に近づいてきているという捉え方です。

 
 Time passed very quickly.(時間はあっという間に過ぎた)という表現も、静止している「私たち」の前を、「時間」が動いて過ぎていったということがイメージできると思います。
 逆に、時間ではなく、「私たち」が動くという表現も可能です。We’re approaching the end of the year. (私たちは年の瀬に向かっている)という表現がその例です。

 
 このように、時間を動きとして捉えた場合、「時間」が動く表現と、「主体」が動く表現に分けて考えることができます。それでは具体的に英語の表現を見てみましょう。

 【Time is motion.】
 Moving time
 1. The New Year is approaching. 新年が近づいてきている
 2. The exam period is drawing near. テスト期間が近づいてきている
 3. Spring is coming. 春が近づいている
 4. Time passed very quickly. 時間はあっという間に過ぎた
 5. The time has come for us to change. 変わるべき時がきた
 6. Time flies like an arrow. 光陰矢の如し
 7. Time marches on. 時は刻々と過ぎゆく
 Moving ego
 8. We are heading for Christmas. もうすぐクリスマスだ
 9. We are getting close to the summer vacation. 夏休みに近づいている
 10.We’re approaching the end of the year. 私たちは年の瀬に向かっている

 これらの表現を見てみると、「時間」と「主体」の接近に関する表現が多いことがわかります。その際、動く側が主語となっていることがわかるでしょう。「時間」が主語の表現のほうがどこか客観的で、「主体」が主語の場合は主観的でダイナミックな表現になっていることも見て取れます。
 6.と7.は、使われる動詞によって時間の動き方をうまく捉えた表現です。6.のflyは「飛ぶ」ことで時間の動くスピードを、7.ではmarch(行進する,整然と進む)が、時間が残酷なまでに規律正しく進んでいく様子を捉えています。
 
‣‣まとめ
 今回は「時間(time)」に関する英語のメタファーをみました。 “Time is money.” と “Time is motion.” というメタファーを取り上げ、後者には「時間」が動く “Moving time” と「主体」が動く “Moving ego” という2つの下位分類も考察しました。
 次回は、「愛(love)」についてのメタファー表現を紹介していく予定です。
 
 
 
【プロフィール】内田 諭(うちだ さとる)
東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・語用論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。著書に『連関式英単語LINKAGE』(Z会,2011年)など。

メタファーの森 第3回 幸せのメタファー ―内田諭

2012年5月9日|メタファーの森

‣‣はじめに
 前回、「怒り」を表す表現について、I couldn’t contain my anger any longer.(それ以上怒りを抑えることができなかった)などのように「怒りは容器に入った(膨張する)液体である」というメタファーを基にした表現が多くあることを見ました。「怒り」などの「感情」は目には見えないものですので、言語化するにはこのように何かに見立てて表現する(=メタファー)ことがよくあります。今回は「幸せ」について見ていきたいと思います。
 
‣‣「幸せ」の方向は?
 「幸せ」はどちらを向いているでしょうか。哲学的な問いのように感じられるかもしれませんが、メタファーを使った表現を見てみると、それははっきりとしています。左でも右でも、前でも後でもなく、「上」です。このことは「天にも昇る気分だ。」「気分は上々だ。」などの日本語の表現を考えてもわかると思います。英語でも例えばI’m feeling up.という表現は「気分が上々である」ということを表します。一方、I’m feeling down.は「落ち込んでいる」という意味で、「下」は逆に「不幸せ」を表すと言えるでしょう。
 
 このような表現の裏にはHappy is up. Sad is down.という「方向性」に関するメタファーが隠れています。「怒り」は「容器」という「構造物」として見立てられていましたが、「幸せ」・「不幸せ」の例のように、ある概念が方向と関連付けられているということも多く見られます。
 
‣‣方向を用いたメタファー
 方向を用いたメタファーの特徴は、体系性があるということです。つまり、「幸せ」は一貫して「上」に対応付けられ、概念的に逆の「不幸せ」は、方向的に逆の「下」に一貫して対応付けられます。例えば、lower one’s moodという表現を考えてみましょう。mood(気分)を「下げる」(人の気分を落ち込ませる)という意味ですが、これは日本語で考えてもわかるように「不幸せ」を表す表現です。もしこれが「気分を良くする」という意味であれば、方向の対応付けの関係に当てはまらなくなりますが、そういう意味にはなりません。より大きな視点で考えると、「幸せ」・「不幸せ」に限らず、概して「上」は良いこと、「下」は悪いことに対応します(詳細は次のセクションの具体例を見てください)。この意味でも、「方向は体系的に概念と結びつている」ということが言えそうです。また、方向を用いたメタファーは身体的な経験と密接に関わっていると考えられます。私たちはうれしい時はバンザイと手を上げますし、悲しいときは下を向き、うなだれます。これは人間誰しも共通することですので、方向のメタファーは多くの言語に存在し、方向と意味の対応付けもとても良く似ている傾向があります。
 
‣‣「上下」に関わる英語の表現
それでは、具体的な英語の例をいくつか見てみましょう。まずはHappy is up. Sad is down.の例です。

 【Happy is up. Sad is down.】
 1. I’m feeling up today. 今日は気分が上々だ
 2. He’s in high spirits. 彼は意気揚々だ
 3. Her kind words gave me a lift.
   彼女の優しい言葉でうれしくなった


 4. I’m feeling down today.
   今日は気分が落ち込んでいる
 5. I feel depressed. 憂鬱な気分だ
 6. My spirits sank lower and lower. どんどん気分が沈んでいった

 次は、Health is up. Sickness is down.です。この例も「上」は良いことである「健康」に、「下」は悪いことである「病気」と結びつきます。

 【Health is up. Sickness is down.】
 1. He’s in top shape. 彼の体調は万全だ
 2. You need to get enough sleep to get healed up quickly.
   早く回復するには十分な睡眠を取る必要がある
 3. Regular exercise is essential to build up your health.
   定期的な運動は健康を増進するのに不可欠だ


 4. She fell ill after eating. 彼女は食後気分が悪くなった
 5. He’s sinking fast. 彼は急に容態が悪くなっている
 6. My brother came down with the flu.
   私の弟はインフルエンザにかかった

 最後に、Having force is up. Being subject to force is down.というメタファーを見てみましょう。これは「力を持つこと」(優位に立つこと,支配すること)が「上」、「支配されること」(従属すること)が「下」に対応しています。

 【Having force is up. Being subject to force is down.】
 1. My wife has control over the household account. 家計は妻が握っている
 2. I couldn’t get on top of the whole situation.
   私はすぐに全体の状況を把握することができなかった
 3. He remained at the top of the committee for many years.
   長年、彼は委員会のトップだった


 4. The bank was placed under state control.
   その銀行は国の管理下に置かれた
 5. The politician fell from power after the scandal.
   スキャンダルの後、その政治家は失脚した
 6. I can’t decide because I am low man on the totem pole.
   下っ端の私には決められません

※Lakoff and Johnson (1980) Metaphors We Live byを参考に作成。
 
‣‣まとめ
 今回はHappy is up. Sad is down.を中心に方向を用いたメタファーを見ました。概して「上」は良いことに、「下」は悪いことに体系的に対応しているということを、具体例を通して検証しました。
 
 次回は、「時間(time)」について、英語ではどのようなメタファー表現があるかということを概念別に紹介していく予定です。
 
 
 
【プロフィール】内田 諭(うちだ さとる)
東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・語用論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。著書に『連関式英単語LINKAGE』(Z会,2011年)など。

メタファーの森 第2回 怒りのメタファー ―内田諭

2012年2月28日|メタファーの森

 
‣‣はじめに
 「言語の根底にはメタファーがある」。前回、「人生(life)」を表すメタファーを概観することで、この事実を確認しました。例えば、I’m at a crossroads of my life.(私は人生の岐路に立っている)という何気ない表現も、実はその裏に「Life is a journey.(人生は旅である)」というメタファーが存在している、ということでした。
 メタファーは「人生」以外にも、様々な抽象的な概念の裏に潜んでいます。今回は「感情」に焦点を当て、特に「怒り」について詳しく見ていくことにします。
 
‣‣「怒り」を表すメタファー
 「怒り」「悲しみ」「喜び」などの感情は目に見えないもので実体がありません。しかし、私たちはこの感情を表現したいと思いますし、相手に伝えたいと感じます。そのためには「ことば」で表現する必要があります。そこで活躍するのが、「抽象的なものを具体的なものに見立てる」メタファーです。
 では、感情はどのようなものに見立てられるのでしょうか。ここでは「怒り」を例に考えていきましょう。次の英語の意味を考えてみて下さい。
 
 My anger is welling up.
 When Betty read the email, she exploded.
 
 1つ目の例は「私の怒りは溜まってきている」という意味です。2つ目は「彼女の怒りが爆発した」という意味です。この2つの例から、「怒り(anger)」は「溜まる」ものであり、「爆発する」ものに見立てられているということが言えそうです。
 この2つの要素をうまく説明できるメタファーは「怒りは容器に入った液体である」と考えられます(これは1つの捉え方であり、他の捉え方もありますが以下ではこれを基に英語の表現を読み解いていきます)。次の図を見て下さい。
 

 
 まず、重要な点は、「容器」(container)という見立てです。抽象的なものは、外部との境界があいまいなため、その実体を捉えるために容器に入っているというように考えます。「怒り」は、この容器に入っている物体で、それは他の原因によって膨張します。この膨張のプロセスを述べたのがMy anger is welling up.という表現です。そして、その膨張が限界に達した時、容器は爆発します(she exploded)。
 メタファーで重要なことは、見立てたもの(容器に入った液体)で起き得ることは、矛盾がない限り見立てられたもの(怒り)に関しても起きるということです。例えば、容器が圧力に耐えかねて「爆発する」という現象は、「怒り」にも当てはまり「怒りが爆発する」というように表現できます。このことを念頭に、次の英語の表現を見てみましょう。
 

 【容器の中の物体の分量が増える】
  1. My anger is welling up.
    私の怒りは溜まってきている
  2. I felt the anger rise up within me.
    私は自分の中で怒りがこみ上げてくるのを感じた
 【(爆発しないように)容器から湯気を出す】
  3. Call me anytime if you want to blow [OR let] off some steam.
    憂さ晴らしがしたければいつでも電話しておいで
 【内容物が容器に圧力をかける】
  4. I was nearly bursting with anger.
    私は怒りではちきれそうだった
 【圧力に耐え切れず爆発する】
  5. When Betty read the email, she exploded.
    ベティはそのメールを読んだ時、怒りが爆発した
 【怒りが容器の外に出る】
  6. The teacher’s anger finally came out at his students.
    教師の怒りはついに生徒に向かって爆発した
  7. I vented my anger at my brother.
    私は弟に怒りをぶちまけた

Koevecses, Z. (2005) Metaphor in Culture: Universality and Variation. Cambridge University Press.を参考に作成。
 
 1, 2では容器の中に液体(怒り)が溜まっていく様子を表しています。3は容器が爆発しないように「ガス抜き」をするということです。4は容器が中からの圧力で爆発寸前であることを表し、5は耐え切れずに爆発してしまったことを表します。また、爆発の結果、液体(怒り)が外に出てきたというのが6, 7の表現です。このように、「容器が熱せられて中の液体が膨張し爆発する」というシナリオは、メタファーによって「怒り」にも適応されるのです。
 上に挙げた表現以外にも、このメタファーに基づくものとして次のようなものがあります。それぞれどのような背景があるか考えてみて下さい。

 【その他の表現】
  1. I couldn’t contain my anger any longer. それ以上怒りを抑えることができなかった
  2. I blew my top at his sudden cancellation. 彼のドタキャンに私はキレた
  3. I lost my cool. 私は冷静さを失った
  4. My boss flared up at my rude question. 上司は私の失礼な質問に激怒した

 
‣‣日本語と英語の違い
 日本語の怒りを表す表現には、英語と同じように「怒りは容器に入った液体である」というメタファーに基づいて、「怒りがこみ上げる」「怒りに満ちる」「怒りが沸く」「怒りが爆発する」などがあります。先ほどの図とシナリオは、日本語の怒りの表現にも当てはまるということが言えそうです。
 一方、「怒りを腹に収める」「腹に据えかねる」「はらわたが煮えくり返る」「腹が立つ」など、「腹」という言葉を使った表現もあります。英語で「腹」はbelly, stomach, abdomenなどと言いますが、これらを使って怒りを表現することはできません。この違いはどこからくるのでしょうか。
 先ほどの図をもう一度ご覧下さい。怒りを含むものは単なる「容器」でしたが、日本語の「腹」を含む怒りの表現は、「腹」を怒りが入る「容器」として見立てていると考えることができます。この違いの原因はいろいろと考えられますが、日本人は伝統的に「腹」を体の中心に考えてきたからなのかもしれません。実際、「腹」を含む慣用表現は多く、「腹を探る」「腹を切る」「腹が太い」「腹を割る」「腹をくくる」などがあります(武道でも腹は「丹田」と呼ばれ気をためる重要なところです)。
 このように日本語・英語の怒りの表現の仕方は、メタファーを通してみることで違いがはっきりとします。また、より詳細に検証することで、言語固有の考え方や価値観も探っていくことも可能でしょう。
 
‣‣まとめ
 今回は「感情」の1つである「怒り」について取り上げました。「怒りは容器に入った(膨張する)液体である」というメタファーがあり、これを基に様々な表現が派生するということ、また、「容器に入った液体」のシナリオは「怒り」のシナリオとしても適応されるということを見ました。さらに、日本語は「腹」を「容器」と見立て、英語にはない独自の表現があることを指摘しました。
 
 次回も「感情」に関するメタファーを取り上げる予定です。「怒り」だけだと暗くなってしまいますので「happiness(幸せ、喜び)」について考えてみたいと思います。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭 (うちだ さとる)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。現在、東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。

メタファーの森 第1回 人生は旅である ―内田諭

2011年12月26日|メタファーの森

‣‣はじめに
 この連載では、「メタファーの森」と題して、英語の「メタファー」について話していきます。詳しい説明に入る前に、まずは次の英語の意味を考えてみてください。

 I think the singer is already over the hill.

 「その歌手はすでに丘の向こうにいると思う」と訳していませんか? 文脈によってはこれも正解ですが、実はこれは「その歌手はもう盛りを過ぎている」という意味になります。その理由をメタファーの観点から見ていきましょう。

‣‣メタファーとは?
 そもそもメタファーとは何でしょうか。メタファーを日本語にすると「隠喩」になります。あるものを他のものに喩える「比喩」の1つです。例えば、「君は僕の太陽だ」という表現は、「君」を「太陽」に喩えています。
 メタファーはかつて文学作品や詩における「言葉の装飾」として捉えられてきました。しかし、1980年以降、認知言語学の発展で、「メタファーは人間の思考を形作るもの」として考えられるようになりました(この点に関して、1980年に出版されたLakoff and JohnsonによるMetaphors We Live byという本が大変重要な意味を持っています)。「メタファーが思考を形作る」のであれば、私たちが「思考」に基づいて使う「言葉」はメタファーによってある程度決まってくるとも考えられます。実は冒頭の表現も、あるメタファーを基にしたものなのです。

‣‣『人生は旅である』
 冒頭の例のover the hillを文字通りに訳すと、「丘の向こう」という意味になります。しかし、 これは「全盛期を過ぎている」という意味です。この意味が出てくる背景にはLife is a journey.(人生は旅である)というメタファーが存在します。
 私たちはこのメタファーを通して、「人生」というどこか捉え所のないものを、「旅」という具体的で誰でも経験できることを通して「理解」しています。つまり、人生の始まりを旅の出発点と捉え、人生の進行を旅の進行になぞらえます。hillは、旅のクライマックスを表しており、これがすなわち人生の最盛期を表すということになります。冒頭の例の場合、「(歌手としての)人生 (journey) 」の「最盛期 (hill)」を越えてしまっている、というように解釈できます。図にして考えてみましょう。


 「メタファーが言葉を規定する」ということは、このメタファーに基づいた英語の表現はたくさんあることを見ればはっきりするでしょう。いくつか例を挙げてみましょう。

1. My brother and I chose to go separate ways. 弟と私は違う道を進むことを選んだ
2. I’m at a crossroads of my life. 私は人生の岐路に立っている
3. She’s without direction in life. 彼女は人生の方向性を失っている
4. There’s no turning back. もう後戻りはできない
5. go on one’s last journey あの世に行く

 1のwayは、物理的な道ではなく、人生の「進路」を表しています。2のcrossroadsは文字通りの意味では「交差点」ですが、人生のとるべき道筋を選ぶ「岐路」を表していると言えます。3は「人生」という「旅」において進むべき方向がわからないことを意味します。4はここまで進んできた「道」を引き返すことはできないということを表します。5の「最後の旅」とは、「あの世への旅」であり、死を意味します。これらの表現に共通するのがLife is a journey.という考え方です。
 すでにお気づきかもしれませんが、『人生は旅である』というメタファーは日本語にも存在します。「進路」、「岐路」と言った表現もこのメタファーに基づいたものですし、「(人生が)行き詰まる」、「成功の道を進む」、「出世コースにのる」などといった表現も同様です。一方、日本語と英語で異なるメタファーも存在します。このことについては次回以降に見ていくことにします。

‣‣『人生はギャンブルである』
 「人生」が喩えられるのは「旅」だけではありません。英語にはLife is a gamble.(人生はギャンブルである)というメタファーも存在します。このメタファーは特に人生の不確定な要素を強調したものです。

1. He hit the jackpot with his new business. 彼は新しいビジネスでひと山当てた
2. It’s just the luck of the draw whether a person is born rich or not. お金持ちに生まれるかどうかは運次第だ
3. when the chips are down 《口》せっぱ詰まった際に,いざというときに
4. If you play your cards right in your company, you could have a successful career in no time. 会社でうまく立ち回ればすぐに出世できるかもよ
5. It’s just in [《英》 on] the cards. 単純にそういうめぐり合わせなんだよ

 1の例でhit the jackpotは宝くじなどの大当たりですが、人生においてギャンブル性を伴った成功を表すときに「ひと山当てる」といった意味合いで使います。2のdrawはくじ引きを表し、人生はくじ引きのように運に左右されることを示しています。3はポーカーからきた表現で、chipsは賭け金を意味し、「(対戦相手によって)賭け金がテーブルに置かれたとき」、つまり「相手が勝負する準備が整ったとき」を表します。こちらに勝負する準備ができていなければ「せっぱ詰まったとき」あるいは「絶体絶命のとき」ということになります。4のplay one’s cards rightはトランプのカードを戦略的にうまく使うということから、「手際よく行う」、「うまく立ち回る」という意味が出てきます。5はタロット占いのカードにすでに含まれているということから、「そうなることが決まっていた」、「そういう運命だった」という意味になります。

‣‣メタファーを学ぶメリット
 最後に、メタファーを学ぶメリットについて2点挙げます。まず、イディオムを含む英語独特の表現を、成り立ちも含めて理解できるようになるということです。慣用表現の意味は丸暗記ではすぐに意味を忘れてしまいがちですが、一連の表現の裏には基盤となるメタファーがあると理解できれば、記憶に定着しやすくなります。“over the hill”を「全盛期を過ぎる」という意味のイディオムとして記憶することもできますが、メタファーという観点を導入することで、意味の成り立ちを根本から理解でき、ニュアンスを正確に捉えることができるようになります。この「理解」が「記憶」の強化につながるのです。
 もう1つのメリットは、英語を発信するときに、豊かな言語表現ができるようになるということです。例えば、Life is a journey.というメタファーに基づいて、「人生という旅の道を変える」という発想から、“This book changed the course of my life.”(この本は私の人生の道を変えた)のような表現が可能になります。メタファーに基づいた表現は、たとえ自分で自由に考えたものであっても意味が通じます。英語話者はLife is a journey.というメタファーを頭の中に持っていて、それらの表現の理解の基盤となるからです。
 以上のように、メタファーは英語の受信・発信両方に有効です。つまり、メタファーを学ぶことは英語力を底上げすることに直結するのです。この連載では、「英語学習に役に立つメタファー」という観点から、今後様々なものを紹介していく予定です。

 
→次回は「感情」のメタファーを見ていきます。英語と日本語では感情の表現方法が異なることがあります。実はこの裏にはメタファーが隠れているのです。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭 (うちだ さとる)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。現在、東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。

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