O-LEXブログ

博士(他称)の(ちょっと長めの)つぶやき 第4回
COVID-19の時代の英語③

◆造語要素としての“corona”

 日本語では「コロナ禍」のように新型コロナウイルスを「コロナ」と略して新造語の要素に用いることが広く行われています。「コロナワクチン」「コロナ太り」「コロナ疲れ」「コロナ破産」など、何となく意味が推測できる言葉は日常よく目にします。また「コロナ」を後置した「ウィズコロナ」「アフターコロナ」「ゼロコロナ」などの「英語風和製語」も一部のカタカナ語愛好家(なぜかお役所関係に多い)の間で重宝されているようです。
 いずれにいたしましても、こうした表現は臨時的な意味合いの強い複合語ですから、将来的に国語辞典の見出しになるような事態には至らないものと思われます。
 では英語の“corona”はどうでしょうか。実は既存の紙版英語辞典で“corona”単独の形をcoronavirusの意味に用いる省略用法を認めているものはありません。ところが最新の使用実態を反映したオンライン辞典になりますと、私が調べた限りでは、大御所のOEDを筆頭としてcoronaをcoronavirusの省略形とする用法を容認するものばかりです(MW, OALD, Macmillan, Collinsなど)。
 参考までにOEDの記述を示します[*1]

corona, n.3
  A coronavirus; (now) esp. that which causes Covid-19. Also: infection with or disease caused by a coronavirus; (now) esp. Covid-19. Frequently as a modifier, as in corona crisiscorona pandemic, etc.

 

 こうした事例を踏まえますと、これからの学習英和辞典はcoronaに「=coronavirus」の語義を与えることが必要不可欠だと思われます。厳密に考えればOEDのように新規見出し語を立てるべきですが、使いやすさを優先すれば既存のcoronaに新しい語義を追加するのが妥当でしょう。とりあえずこんな感じで。

corona  C コロナウイルス(coronavirus),(特にCOVID-19を引き起こす)コロナウイルス;コロナウイルスが原因の感染症,(特に)COVID-19;《形容詞的に》コロナウイルスが原因の[による]∥~ crisisコロナ危機,コロナ禍

 また辞典編集的観点から申しますと、coronaに「コロナウイルス」の意味を認めると、ネットの新語紹介サイトなどによく登場する「corona+xx」型新語の語源を説明する際にいちいちcoronavirusのvirusを取って、などと言わずに済むという「利点」もあります。もっとも、この種の新語が紙版辞典の見出しに採択される可能性は限りなくゼロに近いので、利点が生かされる機会はまず訪れないでしょうが。
 それでは続いて、花本先生の『新語リポート』の分類に沿った形で、オンライン辞典にも未掲載と思われる「corona+xx」型新語からいくつかご紹介しましょう。なお、ここでは「英語辞典の見出しになる可能性」という観点から“corona pandemic”のような二次複合語(分離複合語)は除外します。
 「既存の独立した2語の結合による複合語」は数としてはあまり多くなく、「corona+crisis(危機)」からcoronacrisis「コロナ危機、コロナ禍」、「corona+bond(債券)」からcoronabond(s)「コロナ債券」、「corona+check(検査)」からcoronacheck「コロナウイルスの病態に関するデータの検証」、「corona+baby(赤ん坊)」からcoronababy「コロナベビー;コロナ禍による巣ごもり中にできた赤ん坊」。
 「独立語と接辞からなる派生語」としては「corona+ –phobia(恐怖症)」からcoronaphobia「コロナウイルス恐怖症」。
 「単語の一部を省略し組み合わせて作る混成語(かばん語)」は「corona+xx」型新語の中でも数が多く、英語の造語力の旺盛さにつくづく感心させられます。「corona+podcast(ネット放送)」からcoronacast「コロナウイルスに関する質問に答えるネットサービス」、「corona+economics(経済政策)」からcoronanomics「コロナ禍が引き起こした不況からの回復を目指す経済政策」、「corona+insomnia(不眠症)」からcoronasomnia「コロナ不眠症」、「corona+rollercoaster(ジェットコースター)」からcoronacoaster「コロナウイルスのパンデミックによる感情の激しい起伏」、「corona + Apocalypse(黙示録;世界の終わり)」からcoronapocalypse「コロナ禍による世界の終わり」、「corona+Armageddon(ハルマゲドン;世界最終戦争、大破壊)」からcoronageddon「コロナ禍による世界の破滅的状況」、「corona+staycation(自宅で過ごす休暇)」からcoronacation「外出禁止期間中に自宅で楽しむ休暇」、「corona+haircut(散髪)」からcoronacut「コロナカット;外出自粛中に自分で散髪した結果の(みっともない)髪形」、「corona+Millenial(新世紀人)」からcoronials「(2020年以降に生まれたcoronababiesが成長した)コロナ世代」。
 なお、covidiotと同工異曲の混成語として、「moron(ばか、間抜け)+coronavirus」からmoronavirus「コロナウイルス感染対策をわざと無視するばか者」があります。coronavirusを後に持ってくるところが珍しいですね。
 こうして見ましても、混成語(かばん語)には特に滑稽な効果を狙ったものが多いようです。
 なお繰り返しになりますが、これらはいずれもnonce words(臨時語)の類であり、日本語の「コロナ」関連新造語と同じく、将来的に紙版辞典に掲載される可能性は限りなく低いことは改めてお断りしておきます。

(⇒COVID-19の時代の英語④につづく)


*1 Oxford English Dictionary
https://oed.com/view/Entry/89105071

 

【筆者プロフィール】
少し前まで @olex_editorsの中の人。辞典の蘊蓄、園芸に関する投稿多数。今はバッハを歌ったり絵を描いたり植物の世話をしたりの日々。

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