O-LEXブログ

博士(他称)の(ちょっと長めの)つぶやき 第3回
COVID-19の時代の英語②

◆注目される新語 “covidiot”

 ロンドンのKing’s Collegeで“language consultant”を務める言語学者Tony Thorneは、COVID-19パンデミックに関連して英語に出現した新しい言い回し(Thorneのいう“coronaspeak”)は、2020年4月の時点で1,000語以上に達すると述べています[*1]
 また第1回でご紹介した米国のオンライン辞典サイトDictionary.comにはその名も“New Words We Created Because Of Coronavirus”と題したブログ記事があり、28の注目すべき新語・新表現を紹介しています[*2]

 

 Thorneがcoronaspeakの例として言及し、Dictionary.comが注目すべき28のNew Wordsのひとつに取り上げていて、しかもすでに複数のオンライン辞典に収録されている新語がひとつだけあります。それが“covidiot”です。ちなみにNOW Corpusではcovidiots523件、covidiot260件の計783件ヒットします(2021年6月7日現在)。「COVID-19の時代」が生んだ多くの新語の中でも生き残る可能性が最も高い語と見ていいでしょう。
 ということで、もし“covidiot”を学習英和辞典に追加するとしたら、と仮定して記述内容を検討してみましょう。
 まずはオンライン辞典で定義を確認します。

OALD [*3]

covidiot  noun (informal, disapproving)
a person who annoys other people by refusing to obey the social distancing rules designed to prevent the spread of COVID-19

Cambridge Dictionary [*4]

covidiot  noun[C] informal (also Covidiot)
someone who behaves in a stupid way that risks spreading the infectious disease Covid-19

Macmillan Dictionary [*5]

covidiot  NOUN INFORMAL
an insulting term for someone who ignores health advice about Covid-19, hoards food unnecessarily, etc.

 おおよその意味は「social distancing(社会的距離)の規制に従わないなど、新型コロナウイルス感染対策を無視するはた迷惑な人、不要な食料品を買いだめする人」といったところでしょうか。どこの国にもいるのですね、こういう人。
 お気づきの方も多いでしょうが、covidiotはCOVID-19とidiot(全くのばか、間抜け)の混成語(かばん語)です。
 見出し語表記のバリアントとしては、理論上COVIDIOT, COVIDiot, Covidiotあたりが想定されますが、Cambridge Dictionaryが大文字始まりのCovidiotを挙げている程度ですので、念のために((ときにC- ))としておけばいいでしょう。
 ちなみに、OED(誰もがひれ伏す英語辞典の最高峰)オンライン版とMerriam-Webster(事実上米系英語辞典の最高権威)オンライン版は2021年5月末時点ではcovidiotを見出し語にしていません。こういうところに、言葉の最新の動向を積極的に反映しようとする「身軽な」中型辞典と、言葉の規範を示すことを主眼とする「慎重な」大型辞典の違いが表れるようです。
  発音は『オーレックス英和辞典』の表記方式では/kóᴜvɪdiət/となります。従って見出しの分綴はco・vi・di・otです。構成要素である“idiot”の分綴(id・i・ot)とは異なるので要注意。
 可算名詞ですので複数形「~s/-s/」も示します。ラベル表示はOALDを参考に《口》《けなして》としておきます。語源解説(COVID-19+idiotより)も必要ですね。なお『オーレックス英和』の混成語の語源解説では、2語で重複する綴り字(この場合はid)は後の語の方を斜体にすることになっています。

 

 問題は訳語です。単純に「コロナばか」としても今ひとつ面白くありませんし、下手をすると「新型コロナウイルスに感染して認知機能が衰えた人」のような意味に取られかねません。COVID とidiot のid の語呂合わせが「かばん語」特有の滑稽な効果を醸し出している所がキモなので、ここは何とかしゃれっ気の利いた訳語にしたいところです。もちろん「((新型コロナウイルス感染対策をわざと無視する人))」などの補足説明は付け加えるとして。
 で、候補となる訳語を考えてみたのですが、「オロカモノウイルス感染者」、あるいは「新型オロカウイルス感染者」などではどうでしょう(「感染者」は「発症者」でもいいかもしれません)。「コロナ」と「オロカ」で母音の配列が一致します。音が「ロ」しか合っていないじゃないか、と言われると辛いですが。
 余談になりますが、もう30年近く前のことになりますか、“snail mail”(e-mailと対照して、届くまでに時間がかかる通常の郵便のこと)が新語として世に現れた時(英語辞典の初出は確かLongman Dictionary of English Language and Culture 1stだったでしょうか)、「でんでん虫メール」なる訳語をひねり出したことが懐かしく思い出されます。あの時は「電子メール」を「でんし–でんでんむし」と同音を重ねて引き伸ばすことで原語のニュアンスも少しは表せたか、と密かに快哉を叫んだものでしたが、あに図らんや、日本ではe-mailの訳語としての「電子メール」はあっという間にただの「メール」に取って代わられ、そもそも日本では通常の郵便による手紙を「メール」と呼ぶ習慣がないこともあり、せっかくの「名訳」も真価を発揮する時機を得ることなく現在に至っております。
 でもまあ、新語や新表現の訳にあれこれ工夫を巡らすのも辞典編集者に許された密かな楽しみなのかもしれません。

 

co・vi・di・ot / kóᴜvɪdiət /  C ((ときにC-))《口》《けなして》コービディオット,新型オロカウイルス感染者((新型コロナウイルス感染対策をわざと無視する人)) (COVID-19+idiotより)

⇒COVID-19の時代の英語③につづく)


*1 CBC radio
https://www.cbc.ca/radio/thecurrent/the-current-for-april-22-2020-1.5540906/covidiots-quarantinis-linguist-explains-how-covid-19-has-infected-our-language-1.5540914

*2 Dictionary.com  New Words We Created Because Of Coronavirus
https://www.dictionary.com/e/s/new-words-we-created-because-of-coronavirus/#1

*3 Oxford Learner’s Dictionaries
https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/covidiot?q=covidiot

*4 Cambridge Dictionary
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/covidiot

*5 Macmillan Dictionary
https://www.macmillandictionary.com/dictionary/british/covidiot

 

【筆者プロフィール】
少し前まで @olex_editorsの中の人。辞典の蘊蓄、園芸に関する投稿多数。今はバッハを歌ったり絵を描いたり植物の世話をしたりの日々。

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