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英語のオシゴトと私 第4回 ―小林めぐみ
心のサプリ:多読と映画鑑賞と・・・

2018年11月21日|英語のオシゴトと私

大学で英語を教え始めて約20年になる。その間に、「どうやったら英語ができるようになりますか?」という質問を何度受けたことだろう。私が知っている限り、この方法がベストだ!というような無敵の勉強法は今のところ見つかっていない。ちまたには「3日でできる!」とか、「聞いているだけで英語が身につく」とか、魔法のような言葉も飛び交っているが、そんなに苦労せずに身につけられるなら、みんな今頃ペラペラになっているはずである。以前、とある先生が、英語をどのくらい勉強すればいいのか、ではなく、英語を身につけたいなら「できるようになるまでやるんだよ」とおっしゃっていたが、それを聞いて深くうなずいてしまった。結局どの程度自分が英語に向き合ったのかが問題なのだ。(もっとも私は常々楽して痩せる方法はないものかと思っているので、あまり人のことをとやかく言う資格はないが。)
 ただ、やり方次第、教師の工夫次第で変わる部分ももちろんある。普段の授業では、興味を持ってもらえそうな、中身の濃いコンテンツ(トピック)に加えて、使えそうな学習方法・スキルを伝授することと、実際に練習する場を設けることを心掛けているが、眠たそうな学生の姿を見かけるときももちろんある。そんなときは、学生を惹きつける話術があったらなあとよく思う。知り合いの先生はユーモアのセンスにあふれていて、同じ話をしてもなんだかおもしろくてつい聞いてしまう。私もマネできないかと思うが、これが難しい!
 ほかに私が苦手とすることはスペルを聴き取ることだ。アメリカの大学では、講義中先行研究が多々引用されるが、研究者の名前のスペリングも口頭で言ってくれることが多い。(例えばWeinreich, w-e-i-n, r-e-i, c-hというように。日本語だったら、「ウエダ」の書き方を植木の植えると田んぼの田です、とでも伝えているイメージだろうか。)けれども恥ずかしながらこれをきちんと聴き取れた試しがないのである。
 ユーモアのセンスも巧みな話術も(それから私にとってはスペリングの聴き取りも)、なかなか身につかないが、教師も何かしら努力を続けていることは大事だと思う。知り合いの英文学の先生は大変格調高い英語を話されるが、「僕はいまだに毎日欠かさず英文を声に出して読んでいます」とお聞きし、ますます尊敬するようになった。
 私の普段の英語力鍛錬はといえば、もっぱら趣味と実益を兼ねた多読と映画およびドラマ鑑賞だ。アカデミックな英語力向上には直結しないかもしれないが、簡単なgraded reader (レベル別多読用図書)や絵本を読んでも、意外とよい復習になる。例えば「乗り物に乗る」というとつい“ride”という動詞を思い浮かべるが、「ほら、乗って!」と言いたいときには“Ride!”というより“Get on!”を使う。そんな簡単だけど侮れない表現がちょくちょく出てくる。この頃はaudiobookも大活躍だ。Agatha ChristieのBBCラジオドラマやJeffrey Archerの作品、Stephen FryとBenedict Cumberbatchによる朗読など、以前に読んだ本を今度は聴きながら楽しんでいる。
 映画やドラマも、英語を学ぶ素材としても動機づけとしても使えると思う。好きなドラマが同じだと話も盛り上がるものだ(私のお気に入りはWhite CollarSuits Season 2まで)。映画やドラマを観ながら常に社会言語学やWorld Englishesのサンプルとして使えるネタはないかと探してしまうのはもはや職業病だが、映画やドラマ鑑賞はストレス解消にもなる。しかしドラマにはまってしまうと、いくら学習の一環と言い訳しても日々の仕事に支障をきたすので要注意である。
 最近は自分のキャパ以上の仕事を担当することになり、(ドラマを観る時間もなく!)重圧を感じていたのだが、尊敬するある先生が、そういうときは「ATMだよ」と励ましてくれた。銀行のautomated teller machineではなく、「明るく、楽しく、前向きに」という意味だそうだ。ふと気づけば、心に残る名言やおもしろいネタを提供してくれるすばらしい師匠たちが周囲にたくさんいた。もともと語学が好きなので多読も映画鑑賞も楽しいが、周りの先生方との交流や、学生が元気に授業に参加してくれる姿を見るのがやっぱりこの仕事を続ける一番のサプリである。感謝。

【プロフィール】小林 めぐみ(こばやし・めぐみ)
成蹊大学教授。ペンシルバニア大学卒業(社会言語学博士)。最近の著作に『社会人のための英語の世界ハンドブック』(大修館)などがある。

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