英語教育の現状をなんとか変えたい。

そのために辞書として何ができるのか。

私たちは、自らにそう問いかけました。そして、その問いに対する私たちなりの答えが「オーレックス英和辞典」「オーレックス和英辞典」「コアレックス英和辞典」です。私たちが目指したのは、生きている英語を忠実に反映すること、日本人学習者のニーズを徹底的に追求すること、そして、「英語は楽しい」と感じて頂ける紙面にすること。レックスシリーズは、そのための仕掛けが満載です。ぜひ、手に取って辞書を読む楽しさを発見してください。(野村恵造)
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博士(他称)の(ちょっと長めの)つぶやき 第1回
「コロナの年」のWord of the Year

ごあいさつ

 長年旺文社オーレックスサイトの@olex_editorsツイッターをご覧いただいている皆様、お久しぶりです。博士(他称)です。
 このたび@olex_editorsさんから、字数制限のない所でもう少しつぶやいてみないかというお誘いをいただきました。ということで、@olex_editorsを離れてから少々時間が経ちますが、この場をお借りして、辞典編集に関係のあるようなないような「よしなしごと」のあれこれを、ちょっと長めにつぶやいてみようかと思います。
 博士(他称)の過去のツイートを覚えていらっしゃる方ならご承知かと存じますが、ややもするとtrivialな話題に傾きがちなことは自覚しております(辞典編集のための自作格言「重箱の隅をいくつ集めても重箱にはならない」)。
 それではしばしの間お付き合いください。


 

 米英の有力な辞典出版社が毎年11月に「今年の言葉」Word of the Year(以下WOTYと略)を発表していることは、@olex_editorsツイッターでも折に触れて紹介してきました。
 2020年は、中国に端を発し、瞬く間に世界中に広がった新型コロナウイルスCOVID-19の惨禍によって人類の歴史に大きく刻まれる年となりました。加えてアメリカ合衆国では4年に一度の大統領選挙が行われました。この大変動の年に米英の出版社がWOTYに選んだ語は何だったのでしょうか。

 米国を代表する辞典出版社Merriam-Websterが選定した2020年のWOTYは “pandemic”でした[*1]。同じく米国のオンライン辞典サイトDictionary.comもやはり“pandemic”をWOTYに選びました[*2]

pandemic  [疫病が)全国[世界]に広がる
 ➖ C全国[世界]的流行病
(『オーレックス英和辞典 第2版』より)

 米英の辞典検索サイトの記録によりますと、pandemicの検索件数は2020年2月ごろから徐々に増え始めていましたが、3月11日にWHOがCOVID-19はpandemicであると宣言したのを機に爆発的に増加したのだそうです(後述のNOWコーパスのデータも参照)。3.11は世界的大災厄を記憶に留める日付として、従来に増して重い意味を担うことになったわけです。
 語源はギリシャ語の“pan-(すべての)”+“dēmos(人々)”。“pan-”は連結形として英語化し、Pan-American (汎(はん)米主義の)などの新造語の構成要素として活躍?しています。“dēmos”を語源とする英語にはdemocracy(民主主義)、demagogue(デマゴーグ)などおなじみの語の他、pandemicの兄弟語といえるendemic(風土病(の))、epidemic(流行病(の))があります。
 大抵の英語辞典の見出でpandemicとpandemonium(万魔殿、伏魔殿)が仲良く並んでいるのも意味深な光景です。pandemoniumは英国の大詩人Milton(1608-1674)の造語で、“pan-”とギリシャ語“daimōn”がラテン語化した“daemonium(デーモン、悪魔)”を組み合わせて地獄の首都の名称としたもの。転じて現在では「大混乱、修羅場」の意味の普通名詞としても使われます。
 すぐそばにあるPandora’s box(パンドラの箱)といえば、ギリシャ神話であらゆる災いと罪悪がそこから出て世界中に広がったとされる「諸悪の根源」ですが、主神Zeusに託されてこの決して開けてはいけない箱を人間界に持ってきて、好奇心に負けて開けてしまった女性の名がPandora。語源は“pan-”+“dōron(贈り物)”。とんだ贈り物もあったものですが、どうもpandemic界隈には縁起でもない語が多いですね。

 英国のCambridge社が運営する辞典サイトCambridge Dictionaryが選んだ2020年のWOTYは “quarantine”でした[*3]

quarantine U❶(防疫のための)隔離(状態);隔離期間;隔離所 ❷検疫(制度);検疫停船期間[港]❸(社会的な)制裁隔離,締め出し
❶・・・を隔離[検疫]する ❷(政治的・経済的に)・・・を孤立させる,締め出す
(『オーレックス英和辞典 第2版』より)

 この語、見るからに英語っぽくない雰囲気を漂わせていますが、それもそのはずで、語源はイタリア語の“quarantina (数字の「40」の意)”。14世紀イタリアの港湾都市では、外国船は伝染病の侵入を防ぐため40日の間接岸を許されなかったという故事にちなみます(他にも諸説あります)。
 この語が英語の文献に初めて現れるのは17世紀初頭とのこと。「検疫」を表す単語をわざわざ外国語から借りてきたということは、英国にはそれまで検疫制度がなかったのでしょうか。

 英国の出版社CollinsとMacmillanは揃って“lockdown”を2020年のWOTYに選びました[*4][*5]
 カタカナ語の「ロックダウン(都市封鎖)」も、コロナ禍から生まれた新語として、今や新聞やテレビで見聞きしない日とてありません。
 ところで『オーレックス英和辞典 第2版』のlockdownは「《米》囚人の独房への拘禁;厳重監視」の語義だけで、「都市封鎖」に類する語義は採録していません。

 実はlockdownは、辞典編集の観点から見るといささか複雑な背景を持つ語なのです。この機会に少し掘り下げてみましょう。

 まず、“lockdown”をWOTYに選出したCollinsのCollins English Dictionary(略称CED:オックスフォード系でない英国製の大型英語辞典として貴重な存在)の語義記述の概要は以下のとおり(Collinsのサイトで全文を見ることができます[*6]。以下、本稿の英語辞典引用箇所はすべて同様)。

lockdown in British English NOUN
1. a security measure in which those inside a building or area are required to remain confined in it for a time
2. the imposition of stringent restrictions on travel, social interaction, and access to public spaces

 大意は《英国用法》「1 建物や区域内のものがしばらくの間中に閉じ込められたままでいることを命じられる保安上の措置;建物などの一時的封鎖」「2 旅行・社交・公共の場へのアクセスに厳しい制約を課すること」といったところでしょうか。
 Collinsのサイトの検索ページにはWebster’s New World College Dictionary 4th(略称WNWCD:米国の「非メリアム系ウェブスター」を代表する中型(カレッジ版)辞典。伝統的に米語用法を重視することで知られる)のlockdownも掲載されています。

lockdown in American English NOUN
an emergency security practice in which prison inmates are locked in their cells and denied the usual privileges of dining, showering, etc. outside of them

 大意は《米国用法》「刑務所の収監者が独房に閉じ込められ、独房の外でなら受けられる食事・入浴など通常の恩恵を与えられない緊急保安対策」。
 見てのとおり2つの辞典の掲げる意味はかなり異なりますが、CEDは“in British English”、WNWCDは “in American English”の「地域ラベル表示」を付けていることから、英国・米国という国(地域)による違いであることが分かります。また『オーレックス英和辞典 第2版』の語義はWNWCDにほぼ一致しています。
 次に同じく“lockdown”をWOTYに選出したMacmillan社のオンライン辞典Open Dictionary(ベースになっているのはMacmillan English Dictionary for Advanced Learnersだと思われます。この辞典は英系非英語母語話者向け学習英語辞典として、OxfordのOALD、LongmanのLDOCE、 CollinsのCOBUILD、 CambridgeのCIDE/CALD(いわゆるEFL辞典のBig 4)と並ぶ高評価を得ていましたが、現在紙版辞典の刊行は停止されています)を見ると、また少し異なる(新しい)情報が得られます[*7]

lockdown NOUN COUNTABLE/UNCOUNTABLE
1 MAINLY AMERICAN an occasion or time when prisoners are locked in their cells
2 MAINLY AMERICAN an occasion or time when access to a place is restricted because of some danger
3 a time when large numbers of people are ordered to stay at home either most or all of the time

 Macmillan Open Dictionaryが挙げる語義は3つ。「1 《主に米用法》囚人が独房に閉じ込められる期間」「2 《主に米用法》場所へのアクセスがある種の危険のために制限[禁止]される期間」、「3 多くの人が大部分のもしくはすべての時間、自宅にとどまることを命じられる時;外出禁止令発動期間」。Macmillan社のサイトではOpen Dictionaryの語義3に2020年3月24日と記されています(新規追加か更新かは不明)。英国が1回目のロックダウンに入ったのが2020年3月23日ですから、いち早く最新情報を取り入れています。こういうところがオンライン辞典の強みですね(履歴が見えないのは少し不便)。
 また、Macmillan Open Dictionaryは語義1,2が《主に米用法》で、語義3が地域ラベル表示なしですので、「英国では主に語義3の意味で使われる」ことになります。
 CEDが語義2「 旅行・社交・公共の場へのアクセスに厳しい制約を課すこと」を《英国用法》としていることと併せて、「一般人の行動の制限、外出禁止(令)」に当たる用法(カタカナ語の「ロックダウン」もほぼこの意味ですね)は英国起源であることが推定されます。
 なお、CEDの語義1《英国用法》「 建物や区域内のものがしばらくの間中に閉じ込められたままでいることを命じられる保安上の措置;建物などの一時的封鎖」と、Macmillan Open Dictionaryの語義2「 《主に米用法》場所へのアクセスがある種の危険のために制限[禁止]される期間」はほぼ同じことを言っているように見えますが、地域ラベル表示が正反対なのは不思議です(ひょっとしたらCEDのミス?)。

 以上の記述に加え、Merriam-Webster, Dictionary.com, Oxford University Press, Cambridge Dictionaryなどのオンライン辞典サイトをnetsurfして、“lockdown”の来歴を整理してみました。

・lockdownは1970年代初め、米国で「囚人の独房への一時的収監;拘禁」の意味で使われ始めた。前出のWNWCD4の他、Webster’s New CollegiateAmerican Heritage Oxford American Englishなど名だたる米系の中・大型辞典の多くはこの語義だけを、またはこの語義を第1語義として採録している。
・「囚人を独房に収監すること=独房に鍵を掛ける」からの連想で「建物に鍵を掛けて封鎖する」の意味が生じた。建物から発展して、特定の地域、場所を封鎖する意味にもなった。英米どちらで先に使われ始めたかは不明。
・「独房の囚人、転じて封鎖された建物[場所]にいる人」の立場で考えて、「人がある場所に閉じ込められる」→「そこから出られない状態を強いられる」→「外出禁止(命令)」の意味が生じた。
・「外出禁止(命令)」の意味は、英国のCEDが《英用法》とし、同じく英国のMacmillan Open Dictionaryが「英国では主にこの語義で用いる」としていることから、おそらく英国起源の比較的新しい用法と思われ、最近では米国でも使われている。

 ちなみに、Merriam-Websterの2020年WOTY特集ページはpandemic以外の注目すべき語として11語を列挙していて、quarantineは5番目に出てきますが、lockdownはありません[*1]。Dictionary.com のWOTY解説でもlockdownは比較的軽い扱いとなっています[*2]。これらの資料を見る限り、米国では「外出禁止(命令)」を表す言葉として、lockdownよりもquarantineの方が普通に用いられていると考えていいようです。英国のCambridge Dictionaryのquarantineの2番目の語義(「外出禁止[制限]令」に相当)に“mainly US”《主に米用法》とあることも、この推定の補強材料となります[*8]

quarantine noun
[U] mainly US  a general period of time in which people are not allowed to leave their homes or travel freely, so that they do not catch or spread a disease

 なお、2015年のWOTYに“😂‘Face with Tears of Joy’ emoji(うれし泣きの絵文字)”を選ぶなど、常にWOTYに対する社会的関心を集めてきた英国のOxford University Press (OUP)は、2020年は「ひとつの言葉で的確に対応できる年ではない」という理由でWOTYを選出しませんでした[*9]

 参考までに、2020年のWOTYに選ばれた3語について、NOWコーパス(News on the Web:英語圏のウェブベースの新聞や雑誌からの最新データを含む)における出現回数を2019年→2020年で比較してみました[*10]

pandemic  2,316 → 1,764,663(697倍!) 
quarantine  3,984 → 251,759 (63倍) 
lockdown 7,693 → 581,793 (75倍)

 世界を揺るがすような未曾有の社会的大変動は、必ず「それ」を言い表すための新しい表現を必要とし、生み出します。新語が作られることもあれば、従来あまり使われなかった語や忘れられていた語が(時にはまったく新しい意味で)使われることもあります。その意味でも、2020年のWOTYに選ばれた3語は、現在の英語が文字どおり「言葉のるつぼmelting pot」の只中にあることの鮮やかな証拠となるでしょう。
 次の機会には、主に新語・新語義の生成という観点から「COVID-19の時代の英語」について考えてみたいと思います。
 それではまた。


*1  Merriam Webster’s Word of the Year 2020
https://www.merriam-webster.com/words-at-play/word-of-the-year 

*2  The Dictionary.com Word Of The Year For 2020 Is …
https://www.dictionary.com/e/word-of-the-year/

*3  Cambridge Dictionary’s Word of the Year 2020
https://dictionaryblog.cambridge.org/2020/11/24/cambridge-dictionarys-word-of-the-year-2020/

*4  The Collins Word of the Year 2020 is …
https://www.collinsdictionary.com/woty

*5  Open Dictionary Word of the Year 2020
https://www.macmillandictionaryblog.com/open-dictionary-word-of-the-year-2020

*6  Collins online dictionary
https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/lockdown

*7  Macmillan Dictionary Blog The English Learners Dictionary
https://www.macmillandictionary.com/dictionary/british/lockdown

*8  Cambridge Dictionary
https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/quarantine

*9  Oxford Languages  Word of the year 2020
https://languages.oup.com/word-of-the-year/2020/

*10  English-Corpora.org
https://www.english-corpora.org/now/

 

【筆者プロフィール】
少し前まで @olex_editorsの中の人。辞典の蘊蓄、園芸に関する投稿多数。今はバッハを歌ったり絵を描いたり植物の世話をしたりの日々。

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