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英語のオシゴトと私 第22回―ファーみちわ
英語(のお仕事)と私

 私の英語のお仕事は高校の英語教員だけれど、そこから始めた話は、いつのまにか「学校の仕事」に変わって、つい愚痴になり、かといって、前向きさを加味しようとするとまるっきり担任のHRトークになってしまう。職業病かな。直接は見知らない人々に向けて、たぶんかなり私的になってしまう文章を書くのは難しいなぁと今さら後悔しつつ、「英語と私」の雑な話を連ねてみる。

 アメリカ出身の夫と暮らしていると、「家では英語? ペラペラね」などと言われることがあるが、夫婦の会話なんて、日々の生活の決まったパタンばかりだから、一緒に暮らしているだけで「ペラペラ」には決してならない。強いて言えば、母語じゃなくてもめげずに口論できる度胸がついたくらいだろう。

 それでも、一度は離れた教職に戻ってみようと思えたり、以来かれこれ十数年、「英語の仕事」へのモティベーションをそこそこ維持できているのは、この少々ユルい「英語の生活」のおかげだと思う。

 もともとホームステイ経験もなく、根はシャイだからすれ違う外国人とお友達になるようなこともできず、特に英文学好きでもなかった私は、自分の生徒・学生時代の英語の「学習経験」を元にした授業を一通りやってみてしまうと、次に授業をブラッシュアップするための、自分自身の新しい英語経験を追加できなくて、困ってしまった。

 ところが、思いがけず日常に「英語をつかう生活」をするようになって、「ああ、こういう語彙こそ必要だぁ」とか、「あの構文、ほんとに使うんだ」とか。再び学習者目線で、英語に新鮮な発見ができるようになった。

 そして、オットはネイティブなのに、ときどきスペルがアヤシかったり、自分の親しんだ英語以外の訛りはさっぱり聞き取れなかったりするし、私は漢字の成り立ちを聞かれるたびに、イライラしながら漢和辞典を開いたりして、言語がらみの失敗や笑い話をそれぞれ更新している。そのたびに、母語でも外国語でも言語習得の道は常に厳しいのだ、と生徒のヘタる気持ちや、わかりたい気持ちに共感している。

 さらに、単語の意味も文法構成もわかるのに、その現場や背景知識がないと結局チンプンカンプンだということも、エンジニアのオットのために、何かの装置のマニュアルを訳したりするときに、多大なストレスを伴って実感する。逆に、お互いに意思伝達ツールとしての言語がおぼつかなくても、話題にしたい世界に精通していれば、片言と身振りで必要なことを理解し合えるし、なんならココロも通じてしまう場面も、オットと日本人技師さんたちとのやりとりのなかで目撃してきた。雑学とか教養とかの面白みや、人とつながるココロみたいなものを、どうやって生徒に伝えたらいいのか、いつまでたっても手探りだ。

 とかなんとか。つまり、「言語で伝わる、つながる」経験を自分でもできるようになって、「英語の仕事」のモティベーション補給になっているという話。だったら最初の職場でもできたのでは、と反省するけど、仕事に直結する研修や勉強会とはちがう、仕事を離れたインプットが、カリカリしないモティべーションに繋がるのかなと思う。

 こんなふうに書きながら、実は最近、「英語の仕事」がそのまま「英語の生活」になりそうだな、という気配も、何かと過渡期の学校現場に漂っていることに気がついた。タブレットで一瞬で集められる生徒のリアクションには、一人を指名して得られるものとは別ものの発見があるし、興味深いアクティビティや探究タイプのプログラムを提供してくれそうな団体からは毎日のようにセミナー案内が届く。一人の授業でできることではないし、足元を確かめながら歩を進めたい、とワクワクとビクビクが入り混じる今日この頃だが、こんな刺激が、そのまま仕事のモティベーションになることは素直に認めたい。

 もちろん、我が家の英語の生活と平和はこれからも大切にしようと改めて思う。

 今回、図らずも身のまわりをふり返って、つたない文章を書くことになったけれど、そういえば、このバトンを渡してくださった文教大学の渡辺先生とは「ふり返り」の研究がきっかけだった。いろんなご縁に、改めて感謝して…。

 

【プロフィール】ファー みちわ(Fir Michiwa)

大学卒業後、民間企業勤めを経て、名古屋の私立高校へ。離職後、長野に移り、公立高校3校目に勤務中。

英語のオシゴトと私 第21回―奥住桂
言葉で人を動かす仕事

 人を振り向かせるのって、面白い。

 

 だから大学4年生の私は、広告代理店や制作会社に就職して、コピーライターやCMプランナーになることを夢見ていました。当時は今と違って、大学4年生になってから本格的な就職活動を始めるのが一般的でしたので、私も友人たちと同じように様々な企業に資料請求のハガキやエントリーシートを出しながら、ある日ふと気づいたのです。あれ? 業界最大手D社の一次試験の日、私は「教育実習」真っ只中じゃないか?

 

 外国語学部英語学科で学んでいた私が教職課程を履修していたのは今から考えれば中学校で英語教師をしていた父の影響かも知れません。でも当時の私はそれを「ホケン」だと言い、周囲には「絶対に教員にはならない」と言いふらしていました。だから私がD社の一次試験を諦め、教育実習に行ったことを意外に感じた人は多かったかも知れません。自分でも不思議でした。

 

 教育実習中は、授業の内容を考え、配布するワークシートを作成するのがとにかく楽しかったです。塾でアルバイトをしていたので人前で話すことには慣れていて、黒板の前で説明するのにさほど苦労しませんでした。一方で、指示を出して生徒を動かすのはとにかく難しい! そして、自分が「英語のユーザー」としてあまりにも未熟であることを思い知った2週間でした。

 

 教育実習から戻ると、なんとなく就職活動の波は先に進んでいて、実際夏以降には採用活動を終わらせる企業もあって、私は完全に蚊帳の外でした。あれ? なんかおかしいぞ? こんなはずじゃなかった。私は、何をやればいいんだろう? 私は、何になればいいんだろう?

 

 あ、英語を教えるのもいいかも知れない。

 

 たぶん、あまりこの2つを重ねて語る人はいないのではないかと思いますが、当時私にとっては「広告」と「教育」はとても似ている営みでした。商品(英語)に関心のない人たち(生徒)をどうやって振り向かせ、手にとってもらうか。配ったチラシ(ワークシート等)を捨てられないようにするにはどんな工夫をすればいいか。「お試し」を通して、その面白さや便利さを感じてもらうためには、どんな体験を用意すればいいか。そうやって、人の心を動かすためにあれやこれやと考え、モノを作り、提供することが、「広告」にも「教育」にも重要なのだろう、と感じていました。

 

 ただ、広告制作を仕事にしたら、時には自分がいいと思っていない商品でも、「素晴らしいものだ」と感じてもらえるように努力することが求められます。それが仕事だから当然なのですが、果たして私にそれができるだろうか、と疑問に思いました。私が教育実習中にあれだけ夢中になって試行錯誤ができたのは、「外国語」としての英語という商品のよさを、本気で生徒たちに伝えたいと思っていたからじゃないだろうか、と。

 

 それなら、自分の納得の行く商品を売りたい。外国語というツールを身につけることの面白さを本気で「広告」する仕事をしたい。よく考えたら、広告制作会社ではデザインやコピーは分業で別々の人の仕事になりますが、教師は企画から、デザインから、ステージ上のパフォーマンスから、全部1人でできる。なんでもやりたがりの欲張りな私にはぴったりじゃないか。心が決まりました。

 

 とはいえ準備もなしに教員採用試験に受かるはずもなく、就職先未定のまま大学を卒業し、教育委員会からの突然の電話で臨時的任用教員としての日々が始まることになるのですが、そのへんの顛末などは、編著者をさせていただいた『成長する英語教師をめざして』(ひつじ書房)に綴られていますので、機会がありましたらご笑覧いただけたら嬉しいです。

 

 学校教員としての日々は相当にハードで、時に「ブラック」とも言われてしまうレベルですが、あの時D社に就職していても忙しさは変わらなかっただろうなと思うので、結果としてどちらにしても忙しいなら、「納得のいく商品を売ることができた」ことに喜びを感じています。(ちなみに思い出はどんどん都合よく補正されるので、私の中では勝手に「D社を蹴った」ことになっています)

 

 今は縁あって都内の私立大学で教職課程の授業を担当しています。教師になる夢を持って努力を続けている学生を支援するのはもちろん、当時の私のように「なんとなく」教職を取っている学生がいたとしたら、今度はそんな学生たちを振り向かせ、伝えたいんです。

 

 人を振り向かせるって、面白いよ、って。

 

 

【プロフィール】奥住 桂(おくずみ けい)

千葉県野田市生まれ。幼稚園の頃の夢は大工。教員となって放課後に壊れた机を修繕していて叶う。

小学校の頃の夢は漫画家。2020年度より大修館書店『英語教育』誌で2コマ漫画を連載させてもらい実現。

大学時代の夢は、パフォーマーとして人を笑わせること。教壇に立ち中学生に「笑われて」いたのは夢が叶ったと言ってよいものか悩むところ。

埼玉県の公立中学校で英語科教諭として21年間奉職後、2019年より帝京大学教育学部講師。主な共編著・分担執筆に『英語教師は楽しい―迷い始めたあなたのための教師の語り』(ひつじ書房)、『成長する英語教師をめざして―新人教師・学生時代に読んでおきたい教師の語り』(ひつじ書房)、『英語授業ハンドブック 中学校編 DVD付』(大修館)など。

 

博士(他称)の(ちょっと長めの)つぶやき 第5回
COVID-19の時代の英語④

2021.06.22|全てを表示

◆「COVID-19の時代」の新しい語義––bubbleを巡って

 最近のスポーツニュースや新聞記事などで「バブル方式」という言葉を見聞きした方も多いと思います。
 大規模な競技会の準備期間から終了までの間、関係者(選手・コーチ・団体役員など)を、特別に設営した閉鎖区域に隔離して競技会を運営することを、開催地一帯を巨大な泡(バブル)に包まれた密閉空間に見立てて「バブル方式」と呼びます。この「バブル」はもちろん英語のbubbleで、「泡」の意味が転じて「密閉空間–隔離された場所」の意味になることは、『オーレックス英和辞典』のbubble名詞の語義❽に「防御[隔離]された場所;防御[隔離]するもの,覆い」とあるとおりです。この意味用法がスポーツの分野に特化して「バブル方式」なる言葉が生み出されたものと考えられます。
 このbubbleは「COVID-19の時代」に生まれた新語義として、英和辞典への掲載を検討する価値がありそうです。そこで典拠資料を探し出すべくオンライン辞典を検索すると、Merriam-Webster(MW)がちゃんと収録していました[*1]。さすがですね。

bubble  noun
7a: an enclosed or isolated sphere of experience or activity in which the like-minded members of a homogeneous community support and reinforce their shared opinions
 7b: a usually small group of people (such as family members, friends, coworkers, or classmates) who regularly interact closely with one another but with few or no others in order to minimize exposure and reduce the transmission of infection during an outbreak of a contagious disease POD entry 4 sense 2
 7c: an area within which sports teams stay isolated from the general public during a series of scheduled games so as to prevent exposure to disease and that includes accommodations, amenities, and the location at which the games are held
 7d: a series of scheduled games that is played between sports teams staying in a bubble

 語義7c、dがスポーツ競技の「バブル方式」に関する定義になっています。

 

 ところで、オンライン辞典でbubbleの新語義を探し回っているときに面白いことに気づきました。まずは上に挙げたMWの7bをご覧ください。大意は「グループ内では頻繁に親密な交流を続けるが、感染症流行期間中は感染の拡大を防ぐために外部曝露を最小限に抑えてグループ外の人とはほとんど交流を持たない、通例少数の人々(家族・友達・仕事の同僚・級友など)」といったところでしょうか。
 これはスポーツ分野の「バブル方式」と同じく、COVID-19感染予防の観点から生まれた新語義に相違ありません。「外部から遮断された空間、隔離された環境」の意味から転じて、そのような環境で共に生活する少数の人々、という意味が生じたのだと思われます。
 スポーツ分野の「バブル方式」に相当する語義を採択しているのはMWだけでしたが、感染症予防手段としての「隔離された環境で共に生活する少数の親しい人々」は、他のオンライン辞典も揃って新語義として追加しているのです。

 まずは天下のOED [*2]

bubble A. n.
2 figurative
e. A group consisting of a restricted number of people who have a close relationship or regular social contact; (later) spec.such a group whose members are, under public health measures, permitted to be in close physical proximity. Frequently with modifying word, as social bubblesupport bubble, etc.

The spec. sense arose in 2020 as part of the official recommendations of some governments in response to the Covid-19 pandemic (see Covid-19 n.), defining groups of people allowed to associate without social distancing (social distancing n. 2).

 

 紙版辞典でいえば中級クラスのオンライン辞典もしっかり掲載しています。

OALD[*3]

5 (also social bubble) a small group of people with whom you are allowed to have physical contact during a period when social distancing is otherwise required

Collins COBUILD[*4]

5. COUNTABLE NOUN
If a group of people form a bubble, they can have unlimited contact with each other, but not with other groups, in order to help stop the spread of a disease.

Cambridge Dictionary[*5]

[C]
a group of people who have a lot of contact with each other but limited contact with people outside the group, for example as a way to avoid spreading disease

Macmillan Open Dictionary[*6]

❻ in the context of a pandemic, any restricted area or group within which people can move and contact each other freely

Dictionary.com[*7]

11b. Also called pod. a small group of people who interact or socialize exclusively with one another in order to contain the spread of a contagious disease

 

 これだけのオンライン辞典が軒並み掲載しているのですから、新語義として英和辞典に追加する条件は十分満たしているといえるでしょう。なお、スポーツの「バブル方式」を採択しているのは今の所MWだけですので、しばらくは様子見、といったところでしょうか。

 ということで、とりあえずスポーツの「バブル方式」のように「バブル」という語に新しい意味を付加する方向で新語義の記述を考えてみました。

bubble C
バブル仲間,バブルグループ,社会的隔離集団((感染症の拡大を防ぐための外出制限期間中も、隔離された 環境下で交流を続けるごく親しい関係の人々(家族・友達など)))(social bubbleともいう)

 なお、米系のMWDictionary.comは揃ってbubbleの同義語としてpodを挙げています。OED以下の英系の辞典がbubbleの語義説明でpodに言及していないことを考え合わせますと、podをbubbleの同義語として用いるのは(今のところ)米国用法である可能性が高いと判断できます。
 以上を踏まえて、podにも次のように新語義を追加しておきます。

pod C  《主に米》 =bubble*(*はbubbleの追加語義の語義番号)

 

 以下、まったくの余談です。

 2020年に生まれたばかりのこの語義を見知った私が真っ先に思い浮かべた絵画があります。初期フランドル派を代表する画家ヒエロニムス・ボス(1450?-1516)の傑作『快楽の園』(マドリード、プラド美術館蔵)です。
 この名高い三連式祭壇画の中央パネル左やや下方に描かれた、池水の上に浮かぶ透明な球体の中で仲睦まじげに体を寄せ合う男女の姿は、まさにbubbleの新語義のイメージそのものではありませんか。
 もちろんbubbleの新語義が意味するのは「ごく親しい関係にある限られた人々の集まり」であり、彼らbubbleが生きているのはあくまでも「仮想的に」閉ざされた空間です。そんな彼らの形姿を、500年の時空を越えて、架空のbubbleに優しく包まれた安全な場所で親しげに寄り添う二人=bubbleとしてかくも鮮やかに形象化した幻視の巨人ヒエロニムス・ボス! もし私が「英語絵解き辞典」のような本を編集するとしたら、bubbleの新語義の定義には何を置いてもこの画像を使うことでしょう。

 

 閑話休題。このたび「COVID-19の時代」が生んだ新しい英語表現を次々に取り上げ、その成り立ちや使われ方を調べているうちに見えてきたものがありました。それは、世界大戦にも比すべき苦境に直面しながらも、「かばん語」などの言葉遊びをさまざまに駆使して、状況そのものを少しでも耐え忍びやすいものに変えて乗り切ろうとする、英語圏の人々の静かな英知と勇気でした。
 これら新しく生み出された言葉たちは、人と人の物理的な距離が否応なく遠ざけられているこの時代にあって、言葉が人の思考や行動に大きな力を及ぼしうるという事実に改めて注意を向ける人が増えていることの現れとも感じられました。
 願わくばコロナ禍が一日も早く終息し、今回紹介した新語・新語義がobsolete words (廃用表現)となって古文書収納庫の奥深くに仕舞い込まれ、人々の脳裏から消え去る日が訪れることを祈りつつ、今回の「ちょっと長めのつぶやき」を終わります。

 


*1 Merriam-Webster.com
https://www.merriam-webster.com/dictionary/bubble

*2 Oxford English Dictionary
https://oed.com/view/Entry/24071

*3 Oxford Learner’s Dictionaries
https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/bubble_1?q=bubble

*4 Collins COBUILD
https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/bubble

*5 Cambridge Dictionary
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/bubble

*6 Macmillan Open Dictionary
https://www.macmillandictionary.com/dictionary/british/bubble_1

*7 Dictionary.com
https://www.dictionary.com/browse/bubble

 

【筆者プロフィール】
少し前まで @olex_editorsの中の人。辞典の蘊蓄、園芸に関する投稿多数。今はバッハを歌ったり絵を描いたり植物の世話をしたりの日々。

博士(他称)の(ちょっと長めの)つぶやき 第4回
COVID-19の時代の英語③

◆造語要素としての“corona”

 日本語では「コロナ禍」のように新型コロナウイルスを「コロナ」と略して新造語の要素に用いることが広く行われています。「コロナワクチン」「コロナ太り」「コロナ疲れ」「コロナ破産」など、何となく意味が推測できる言葉は日常よく目にします。また「コロナ」を後置した「ウィズコロナ」「アフターコロナ」「ゼロコロナ」などの「英語風和製語」も一部のカタカナ語愛好家(なぜかお役所関係に多い)の間で重宝されているようです。
 いずれにいたしましても、こうした表現は臨時的な意味合いの強い複合語ですから、将来的に国語辞典の見出しになるような事態には至らないものと思われます。
 では英語の“corona”はどうでしょうか。実は既存の紙版英語辞典で“corona”単独の形をcoronavirusの意味に用いる省略用法を認めているものはありません。ところが最新の使用実態を反映したオンライン辞典になりますと、私が調べた限りでは、大御所のOEDを筆頭としてcoronaをcoronavirusの省略形とする用法を容認するものばかりです(MW, OALD, Macmillan, Collinsなど)。
 参考までにOEDの記述を示します[*1]

corona, n.3
  A coronavirus; (now) esp. that which causes Covid-19. Also: infection with or disease caused by a coronavirus; (now) esp. Covid-19. Frequently as a modifier, as in corona crisiscorona pandemic, etc.

 

 こうした事例を踏まえますと、これからの学習英和辞典はcoronaに「=coronavirus」の語義を与えることが必要不可欠だと思われます。厳密に考えればOEDのように新規見出し語を立てるべきですが、使いやすさを優先すれば既存のcoronaに新しい語義を追加するのが妥当でしょう。とりあえずこんな感じで。

corona  C コロナウイルス(coronavirus),(特にCOVID-19を引き起こす)コロナウイルス;コロナウイルスが原因の感染症,(特に)COVID-19;《形容詞的に》コロナウイルスが原因の[による]∥~ crisisコロナ危機,コロナ禍

 また辞典編集的観点から申しますと、coronaに「コロナウイルス」の意味を認めると、ネットの新語紹介サイトなどによく登場する「corona+xx」型新語の語源を説明する際にいちいちcoronavirusのvirusを取って、などと言わずに済むという「利点」もあります。もっとも、この種の新語が紙版辞典の見出しに採択される可能性は限りなくゼロに近いので、利点が生かされる機会はまず訪れないでしょうが。
 それでは続いて、花本先生の『新語リポート』の分類に沿った形で、オンライン辞典にも未掲載と思われる「corona+xx」型新語からいくつかご紹介しましょう。なお、ここでは「英語辞典の見出しになる可能性」という観点から“corona pandemic”のような二次複合語(分離複合語)は除外します。
 「既存の独立した2語の結合による複合語」は数としてはあまり多くなく、「corona+crisis(危機)」からcoronacrisis「コロナ危機、コロナ禍」、「corona+bond(債券)」からcoronabond(s)「コロナ債券」、「corona+check(検査)」からcoronacheck「コロナウイルスの病態に関するデータの検証」、「corona+baby(赤ん坊)」からcoronababy「コロナベビー;コロナ禍による巣ごもり中にできた赤ん坊」。
 「独立語と接辞からなる派生語」としては「corona+ –phobia(恐怖症)」からcoronaphobia「コロナウイルス恐怖症」。
 「単語の一部を省略し組み合わせて作る混成語(かばん語)」は「corona+xx」型新語の中でも数が多く、英語の造語力の旺盛さにつくづく感心させられます。「corona+podcast(ネット放送)」からcoronacast「コロナウイルスに関する質問に答えるネットサービス」、「corona+economics(経済政策)」からcoronanomics「コロナ禍が引き起こした不況からの回復を目指す経済政策」、「corona+insomnia(不眠症)」からcoronasomnia「コロナ不眠症」、「corona+rollercoaster(ジェットコースター)」からcoronacoaster「コロナウイルスのパンデミックによる感情の激しい起伏」、「corona + Apocalypse(黙示録;世界の終わり)」からcoronapocalypse「コロナ禍による世界の終わり」、「corona+Armageddon(ハルマゲドン;世界最終戦争、大破壊)」からcoronageddon「コロナ禍による世界の破滅的状況」、「corona+staycation(自宅で過ごす休暇)」からcoronacation「外出禁止期間中に自宅で楽しむ休暇」、「corona+haircut(散髪)」からcoronacut「コロナカット;外出自粛中に自分で散髪した結果の(みっともない)髪形」、「corona+Millenial(新世紀人)」からcoronials「(2020年以降に生まれたcoronababiesが成長した)コロナ世代」。
 なお、covidiotと同工異曲の混成語として、「moron(ばか、間抜け)+coronavirus」からmoronavirus「コロナウイルス感染対策をわざと無視するばか者」があります。coronavirusを後に持ってくるところが珍しいですね。
 こうして見ましても、混成語(かばん語)には特に滑稽な効果を狙ったものが多いようです。
 なお繰り返しになりますが、これらはいずれもnonce words(臨時語)の類であり、日本語の「コロナ」関連新造語と同じく、将来的に紙版辞典に掲載される可能性は限りなく低いことは改めてお断りしておきます。

(⇒COVID-19の時代の英語④につづく)


*1 Oxford English Dictionary
https://oed.com/view/Entry/89105071

 

【筆者プロフィール】
少し前まで @olex_editorsの中の人。辞典の蘊蓄、園芸に関する投稿多数。今はバッハを歌ったり絵を描いたり植物の世話をしたりの日々。

博士(他称)の(ちょっと長めの)つぶやき 第3回
COVID-19の時代の英語②

◆注目される新語 “covidiot”

 ロンドンのKing’s Collegeで“language consultant”を務める言語学者Tony Thorneは、COVID-19パンデミックに関連して英語に出現した新しい言い回し(Thorneのいう“coronaspeak”)は、2020年4月の時点で1,000語以上に達すると述べています[*1]
 また第1回でご紹介した米国のオンライン辞典サイトDictionary.comにはその名も“New Words We Created Because Of Coronavirus”と題したブログ記事があり、28の注目すべき新語・新表現を紹介しています[*2]

 

 Thorneがcoronaspeakの例として言及し、Dictionary.comが注目すべき28のNew Wordsのひとつに取り上げていて、しかもすでに複数のオンライン辞典に収録されている新語がひとつだけあります。それが“covidiot”です。ちなみにNOW Corpusではcovidiots523件、covidiot260件の計783件ヒットします(2021年6月7日現在)。「COVID-19の時代」が生んだ多くの新語の中でも生き残る可能性が最も高い語と見ていいでしょう。
 ということで、もし“covidiot”を学習英和辞典に追加するとしたら、と仮定して記述内容を検討してみましょう。
 まずはオンライン辞典で定義を確認します。

OALD [*3]

covidiot  noun (informal, disapproving)
a person who annoys other people by refusing to obey the social distancing rules designed to prevent the spread of COVID-19

Cambridge Dictionary [*4]

covidiot  noun[C] informal (also Covidiot)
someone who behaves in a stupid way that risks spreading the infectious disease Covid-19

Macmillan Dictionary [*5]

covidiot  NOUN INFORMAL
an insulting term for someone who ignores health advice about Covid-19, hoards food unnecessarily, etc.

 おおよその意味は「social distancing(社会的距離)の規制に従わないなど、新型コロナウイルス感染対策を無視するはた迷惑な人、不要な食料品を買いだめする人」といったところでしょうか。どこの国にもいるのですね、こういう人。
 お気づきの方も多いでしょうが、covidiotはCOVID-19とidiot(全くのばか、間抜け)の混成語(かばん語)です。
 見出し語表記のバリアントとしては、理論上COVIDIOT, COVIDiot, Covidiotあたりが想定されますが、Cambridge Dictionaryが大文字始まりのCovidiotを挙げている程度ですので、念のために((ときにC- ))としておけばいいでしょう。
 ちなみに、OED(誰もがひれ伏す英語辞典の最高峰)オンライン版とMerriam-Webster(事実上米系英語辞典の最高権威)オンライン版は2021年5月末時点ではcovidiotを見出し語にしていません。こういうところに、言葉の最新の動向を積極的に反映しようとする「身軽な」中型辞典と、言葉の規範を示すことを主眼とする「慎重な」大型辞典の違いが表れるようです。
  発音は『オーレックス英和辞典』の表記方式では/kóᴜvɪdiət/となります。従って見出しの分綴はco・vi・di・otです。構成要素である“idiot”の分綴(id・i・ot)とは異なるので要注意。
 可算名詞ですので複数形「~s/-s/」も示します。ラベル表示はOALDを参考に《口》《けなして》としておきます。語源解説(COVID-19+idiotより)も必要ですね。なお『オーレックス英和』の混成語の語源解説では、2語で重複する綴り字(この場合はid)は後の語の方を斜体にすることになっています。

 

 問題は訳語です。単純に「コロナばか」としても今ひとつ面白くありませんし、下手をすると「新型コロナウイルスに感染して認知機能が衰えた人」のような意味に取られかねません。COVID とidiot のid の語呂合わせが「かばん語」特有の滑稽な効果を醸し出している所がキモなので、ここは何とかしゃれっ気の利いた訳語にしたいところです。もちろん「((新型コロナウイルス感染対策をわざと無視する人))」などの補足説明は付け加えるとして。
 で、候補となる訳語を考えてみたのですが、「オロカモノウイルス感染者」、あるいは「新型オロカウイルス感染者」などではどうでしょう(「感染者」は「発症者」でもいいかもしれません)。「コロナ」と「オロカ」で母音の配列が一致します。音が「ロ」しか合っていないじゃないか、と言われると辛いですが。
 余談になりますが、もう30年近く前のことになりますか、“snail mail”(e-mailと対照して、届くまでに時間がかかる通常の郵便のこと)が新語として世に現れた時(英語辞典の初出は確かLongman Dictionary of English Language and Culture 1stだったでしょうか)、「でんでん虫メール」なる訳語をひねり出したことが懐かしく思い出されます。あの時は「電子メール」を「でんし–でんでんむし」と同音を重ねて引き伸ばすことで原語のニュアンスも少しは表せたか、と密かに快哉を叫んだものでしたが、あに図らんや、日本ではe-mailの訳語としての「電子メール」はあっという間にただの「メール」に取って代わられ、そもそも日本では通常の郵便による手紙を「メール」と呼ぶ習慣がないこともあり、せっかくの「名訳」も真価を発揮する時機を得ることなく現在に至っております。
 でもまあ、新語や新表現の訳にあれこれ工夫を巡らすのも辞典編集者に許された密かな楽しみなのかもしれません。

 

co・vi・di・ot / kóᴜvɪdiət /  C ((ときにC-))《口》《けなして》コービディオット,新型オロカウイルス感染者((新型コロナウイルス感染対策をわざと無視する人)) (COVID-19+idiotより)

⇒COVID-19の時代の英語③につづく)


*1 CBC radio
https://www.cbc.ca/radio/thecurrent/the-current-for-april-22-2020-1.5540906/covidiots-quarantinis-linguist-explains-how-covid-19-has-infected-our-language-1.5540914

*2 Dictionary.com  New Words We Created Because Of Coronavirus
https://www.dictionary.com/e/s/new-words-we-created-because-of-coronavirus/#1

*3 Oxford Learner’s Dictionaries
https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/covidiot?q=covidiot

*4 Cambridge Dictionary
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/covidiot

*5 Macmillan Dictionary
https://www.macmillandictionary.com/dictionary/british/covidiot

 

【筆者プロフィール】
少し前まで @olex_editorsの中の人。辞典の蘊蓄、園芸に関する投稿多数。今はバッハを歌ったり絵を描いたり植物の世話をしたりの日々。

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