O-LEXブログ

博士(他称)の(ちょっと長めの)つぶやき 第2回
COVID-19の時代の英語①

 前回予告しましたように、本日はCOVID-19に関連して英語に出現した新語・新語義について、思いつくままにつぶやいてみようと思います。

 その前にひとこと。英語の新語・新語義の作られ方や種類全般に関しては、当サイト内の花本金吾先生による「新語リポート(全6回)」が詳しい解説となっていますので、まだ読んでいらっしゃらない方はぜひご一読ください。


 

そもそもCOVID-19とは

 COVID-19は coronavirus disease 2019 (2019年に報告された、コロナウイルスによって引き起こされる病気)の語列に含まれる文字と数字から作られた略語です。coronavirusのcoとvi、diseaseのd、それに2019の下二桁の組み合わせですから、略語の形成方法としてはずいぶん変則的です。花本先生の『新語レポート』の分類によれば、「端折り語」「頭文字語」「混成語」のミックスということになるのでしょうか。
 COVID-19という単語が世に現れた日付は記録としてはっきり残っています。2020年2月11日、WHO(世界保健機関)が発表した報告書が初出です。WHOはこの1か月後の2020年3月11日にCOVID-19を「パンデミック」であると宣言しました。
 Oxford University Press (OUP) のコーパス分析サイトでは、COVID-19は登場した2020年2月のうちに、coronavirusやpandemicなどと共に「最も注目すべき単語(keywords)」に加えられています[*1]
 英語における新語・新表現の動向に常に目を光らせている米英の言語学者や辞典編集者がCOVID-19の出現から受けた衝撃の一端は、前回ご紹介した辞典出版各社のWOTY特集ページや、以下のサイトなどからも伺うことができます。
Social change and linguistic change: the language of Covid-19[*2]
Dictionary.com Adds Coronavirus Words To The Dictionary[*3]

 ということで、元辞典編集者の端くれたる博士(他称)としましても、この英語史上稀な大事件の主役となった単語 “COVID-19” を英和辞典に記載するにあたって必要と思われる事柄を、この場を借りて書き留めておこうと思います。
 まず見出し語の表記について。語形成の方法が変則的であるのに加え、短期間のうちに膨大な文献で用いられたためでしょうか、あたかもウイルスが次々と変異型を作り出すように、語形態(word form)にはかなりの揺れが見られます。
 英国が世界に誇る大辞典 Oxford English Dictionary (OED) オンライン版は見出し語をCovid-19とし、バリアントとしてCOVID-19とCoViD-19、及びそれぞれのハイフンなしのCOVID19、CoViD19、Covid19、さらに異綴りのCORVID-19、CorViD-19、Corvid-19、及びそれぞれのハイフンなしの計12パターンを挙げる徹底ぶりです[*4]。こういうところが非省略辞典の非省略たる所以ですね。
 米国のMerriam Webster(MW)オンライン版は見出し語をCOVID-19とし、あまり使わないバリアントとしてCovid-19、covid-19、COVID、Covid、covidを挙げています。Covid-19以外はOEDが挙げていない語形です[*5]
 OUPのコーパス分析によれば、英国ではCovid-19とCOVID-19が6対4くらいの比率で使われ、米国ではCOVID-19が8割以上を占めるとの結果が出ています。小文字だけのcovid-19は英米ともにほとんど使われないようです[*6]
 辞典編集的に気になるハイフンの有無に関しては、調べた限りのオンライン辞典はすべてハイフン付きを見出し語としており、ハイフン無しのバリアントを挙げているのは非省略のOEDだけです。参考までにNOW Corpus (News On the Web)を検索すると、ハイフンなしのCOVID19も確認できますが、ハイフン付きを100とすれば0.8弱の割合ですので、一般向け英語辞典では無視していいレベルでしょう[*7]
 以上の結果を踏まえますと、中~上級学習英和辞典の見出し語としては、一応米語を優先して「COVID-19, Covid-19」のように併置するのがいいと思われます。

 発音は『オーレックス英和辞典』の表記方式で示せば/kòᴜvɪdnaɪntíːn/となります。
 なお、見出しを全部大文字のCOVID-19にするなら、発音記号を示しても分綴(シラビケーション)を示す必要はありません。
 ではCovid-19には分綴を示してCo・vid-19とするべきなのかどうか。これは今後の検討課題としておきましょう。といっても、こんなことで悩むのは見出し語に分綴を示すのが必須事項になっている米国と日本の英語辞典の編集者くらいのものでしょうが(英国の辞典は一部の学習辞典を除いて見出し語に分綴を示しません)。
 次に品詞表示について。COVID-19に関しては、私が調べたオンライン辞典はすべて名詞としており、略語とする理由も特にありませんので、不可算名詞でいいでしょう。
 英和辞典の名詞の「訳語」としては、アルファベットと数字だけの「COVID-19」では少々収まりが良くないような気もします。ここは『オーレックス英和辞典』で CD-ROM の訳語をアルファベットのカタカナ転写の「シーディーロム」としたのに倣って、「コービッド19」としておきましょう。これに加えて、厚生労働省のウェブサイトにある「新型コロナウイルス感染症について」というページの英語版タイトル「Novel Coronavirus (COVID-19)」[*8]を参考に、COVID-19の信頼できる日本語訳として「新型コロナウイルス感染症」を併置することにします。
 学術的に認定された疾患名ですので、訳語の頭に専門用語であることを示す百科記号〖医〗を付けます。補足説明として「((2019年に確認[発見]された新型コロナウイルスによる呼吸器感染症))」のような解説記事が必要です。もちろん語源解説( coronavirus disease 2019の略)も不可欠です(略語を形成するco,vi,d,19をイタリックにします)。

 

COVID-19, Covid-19/kòᴜvɪdnaɪntíːn/  U〖医〗コービッド19,新型コロナウイルス感染症((2019年に確認[発見]された新型コロナウイルスによる呼吸器感染症)) ( coronavirus disease 2019の略)

(⇒COVID-19の時代の英語②につづく)


*1 Oxford English Dictionary
https://public.oed.com/blog/corpus-analysis-of-the-language-of-covid-19/

*2 Oxford English Dictionary
https://public.oed.com/blog/the-language-of-covid-19/

*3 Dictionary.com Adds Coronavirus Words To The Dictionary
https://www.dictionary.com/e/new-coronavirus-words-added-to-dictionary/

*4 Oxford English Dictionary
https://oed.com/view/Entry/88575495

*5 Merriam Webster.com
https://www.merriam-webster.com/dictionary/COVID-19

*6 Oxford English Dictionary
https://public.oed.com/blog/using-corpora-to-track-the-language-of-covid-19-update-2/

*7 NOW Corpus (News on the Web)
https://www.english-corpora.org/now/

*8 厚生労働省 Novel Coronavirus (COVID-19)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00079.html

 

【筆者プロフィール】
少し前まで @olex_editorsの中の人。辞典の蘊蓄、園芸に関する投稿多数。今はバッハを歌ったり絵を描いたり植物の世話をしたりの日々。

カテゴリー

最近の投稿