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新語リポート 第1回 新語の誕生とその広がり―花本金吾

2015年8月11日|新語リポート

 
 辞書を選ぶ際に何を基準にするかについては、いろいろな考えがあるだろう。比較的基礎的なレベルの学習者なら、そのレベルに応じたものがベストであろうから迷いは少ないだろうが、一般向けの辞書の場合はどうだろう。
 インターネット上での売り上げ順位とか周りの意見などを参考にする人も多いだろう。だがいずれにしても、「最近定着した新語や新表現がどの程度収録されているか」を基準の一つにする人は多い。ぼくの同僚たちの様子を見ても、2~3個の新語に当たってみて、それが出ていなければ、「この辞書はだめだ!古い!」と簡単に結論を下す者が多かった。辞書の編纂に深くかかわる立場の人間としては、何とも残念な気持ちになったが、逆に、「やはりある程度の新語収録は必要だ」との思いも強くしたものだった。
 ぼくは旺文社の『オーレックス英和辞典』の編纂で新語選定を担当しており、同社が年2回春秋に刊行している高等学校の英語教員向けの情報誌Argumentに、10年以上新語に関する連載を続けている。生まれ続ける新語について、少しでも新情報を提供したい思いによるものである。
 同じような思いの元に今回から6回にわたり、新語についての情報をお届けすることになった。新語といっても、例えば、breakfastとlunchのそれぞれの一部を組み合わせてできたbrunchといった混成語もあれば、LGBTのように4つの単語の頭文字でできた頭文字語もある。新しい考えによって生まれたUberやAirbnbのような企業名もあれば、学問の深化・細分化に伴って増える分野名などもあり、実に多種多様である。
 第1回目の今回は、1つの新語が生まれ、それが定着した場合、それを核として関連語がどんどんと増えていく過程を、selfieを例にしてたどってみよう。
 selfieが「自撮り写真」の意味であるのは、現在では万人周知のところであろう。しかし、ぼくが2013年秋号のArgument誌で取り上げた時点では、まだかなり目新しい単語であった。ところがわずか2年足らずの間に完全に日常語になっただけでなく、次のような表現が生まれる母体ともなった。現在までのぼくのメモでは、selfie stick; usie; selfie publishing; selfie generationと続く。
 selfie stickも現在では完全な日常語となっている。これが自撮り写真を撮る際にスマートフォンなどを身体から離して固定するための「自撮り棒」であるのは言うまでもない。
 usieは、誰か他の人と一緒に写したselfieのことである。このusがweの目的格のusであるのは言うまでもないが、この語はいささか「自然さ」に欠ける感じなので定着するかについては疑問視せざるを得ない。
 selfie publishingは、「個人対応の出版(業)」のことである(新語を収録する場合の最大の悩みは、それを「いかにわかりやすい日本語に訳すか」である)。最近のBloomberg BusinessWeek(Jul.13-Jul.19, pp.59-61)誌は、インターネット上で2~6歳の子供向けの絵本の出版を始めたある企業家の話を伝えているが、この表現はそこで使われている。注文する側の親が自分の子供の名前と性別を送信すると、出版社はその子供に合わせた内容の絵本を製作して宅配してくる。読み終わると子供の名前が現われ、子供は大喜びする仕組みになっているのだという。昨年度の業績は英国内の絵本の部でトップになるほどの人気だったという。
 この表現は、Googleで見る限り、今のところ用例は多くない。従来なら、personalized publishingあたりが妥当な表現であろうか。これがどの程度定着するのか、今後を待つことになる。
 selfie generationについては、ずばり「セルフィー世代」という訳だけにとどめておこう。
 次回は辞書学的見地から新語・新表現を大まかに分類しながら、話を進めてみたい。
 
 
【プロフィール】花本 金吾(はなもと きんご)
早稲田大学名誉教授。専攻はアメリカ文学・アメリカ語法。『全国大学入試問題正解・英語』の校閲のほかに『英熟語ターゲット1000・4訂版』『基礎英作文問題精講・改訂版』(いずれも旺文社)など著書多数。『オーレックス英和辞典』編集委員、『オーレックス和英辞典』専門執筆。

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