新語リポート

新語リポート 第6回 借用語―花本金吾

2016年8月2日|新語リポート

 
 最終回の今回は、借用語について述べてみる。借用とは文字どおり、ある言語が別の言語から単語や表現を外来語として借用してくることで、borrowingやloanと呼ばれている。
 この借用という現象は異なる文化が接触した場合には、大小の差はあるが、必ず起こる。他の言語を圧して完全に世界語となった英語の場合には、世界各地からの借用語もどんどんとその数を増やし続けている。その流れは特にインターネットの普及によって加速した部分も大きいが、英語は歴史的にも借用語の比率が他の言語に比べて圧倒的に高く、その3分の2が借用語であるといわれている。
 その理由は、英語がたどったその複雑な歴史にある。英語はゲルマン民族の一分派アングロ・サクソン(Anglo-Saxon)の言語が母体である。アングロ・サクソンがヨーロッパ大陸からケルト系の先住民族Britonの住むブリテン島に侵攻した5世紀ころには、ブリテン島はすでにローマ帝国に征服されその支配下にあった。ここでアングロ・サクソンは上流社会を形成していたローマ軍からラテン語を多く借用した。
 その後、9~11世紀にかけては北欧からの侵攻を受け、借用を続けながら語尾変化の簡素化などの文法面での変化も進めた。
 そして英国史上での一大事件であるノルマン・コンクエスト(Norman Conquest)が1066年に起こった。ノルマン人は元来はゲルマン民族であるが、イングランド征服までにはラテン系言語圏での在住が長かったために、彼らの言語はそのラテン系言語のフランス語であった。被征服者であったイングランド人たちは競ってフランス語を身につけたので、ついにはゲルマン系言語の英語とラテン系言語のフランス語が共存するような形態となった。宮廷・法廷・大学などでは3世紀にもわたってフランス語が公用語として使われた。
 その後文芸復興の波はイングランドにも押し寄せ、ギリシャ・ローマの古典研究が盛んになることによって、ギリシャ語・ラテン語からの借用もさらに進んだ。学問名や動植物の学名などにはこの2つの古典語の要素を組み合わせたものが多く、現代科学はこの時代の借用に大きな恩恵を受けていることがわかる。
 ところで、日本語からは英語にどの程度の借用があるのであろうか。先ほど述べたように、現代英語の3分の2は借用語で、そのほとんどをラテン語、フランス語、そしてギリシャ語が占め、他の言語は残りの数パーセントを占めているに過ぎないといわれている。その数パーセントの中では、日本語はスペイン語と並んで比重が高いとされる。
 英語が日本語からの借用を受け入れ始めたのは、日本と西洋が初めて接触した16世紀半ばまでさかのぼる。最初は主に宣教師を通じて、そして鎖国時代には唯一交易を許されていたオランダ商人などを通じて、間接的に少数の日本語が英語に受け入れられた。わが国に最初に来たといわれる英国人William Adamsは、手紙の中でwacadash(脇差)やinro(印籠)を書き残した。
 大規模な受け入れが始まったのは、当然ながら開国後の、特に明治維新以降である。これを第一の大きなうねりとすれば、第二のうねりは第二次大戦以降といえよう。今年5月、広島での演説の中でオバマ大統領はhibakushaという言葉を二度使ったが、この語は広島の被爆直後から使われていた。なお参考までに、denshosha(伝承者)も英語として使われることがある。
 日本語からの借用語はほぼ日本語の発音どおりにローマ字式に綴られることが圧倒的に多いが、中には例えば、honcho(班長)、hoo(t)ch(家)、rickshaw [ricksha](人力車)、ginkgo [gingko](イチョウ)などのように完全に英語化した形の語もあれば、futonfutonのように綴りはローマ字式だが、発音が異なったり、さらに別の意味を持ったりする語もある。
 2013年にはwashoku(和食)がユネスコの無形文化遺産として登録された。料理に関する語は日本人シェフの海外での活躍などもあり、数多くが英語になっている(筆者はかつて、米西海岸でpanko(パン粉)と銘打った商品が大量生産されて店先に並べられているのを見て驚いた記憶がある)が、日本食は健康食としても人気を得ており、借用される語は今後さらに増えることが予想される。また、食に限らず日米間の友好の深化の中で、あらゆる面での相互の借用は活発で、すでに第三のうねりに達しているといえるのかもしれない。
 以上、全6回にわたり「新語レポート」と銘打って辞書編集の一側面について述べてきた。最後までお付き合いくださった方には感謝申し上げたい。
 
 
【プロフィール】花本 金吾(はなもと きんご)
早稲田大学名誉教授。専攻はアメリカ文学・アメリカ語法。『全国大学入試問題正解・英語』の校閲のほかに『英熟語ターゲット1000・4訂版』『基礎英作文問題精講・改訂版』(いずれも旺文社)など著書多数。『オーレックス英和辞典』編集委員、『オーレックス和英辞典』専門執筆。

新語リポート 第5回 語形成―花本金吾

2016年4月25日|新語リポート

 
 第5回の今回は、辞書編集の最大の生命線とも言うべき語形成について述べてみたい。
 語形成(word-formation)とは、今まで存在しなかった新語や新語句を創造・構成することをいう。特に現代のような変化の激しい時代にあっては、在来の語彙では表現し得ない事物や観念などがあらゆる分野において日々多数生み出されている。
 新しい事物や観念を表す手段としては、第2回目で扱った「語義の拡張・転用」や第34回目で述べた「略語」もあり、また、最終回の次回に予定している「借用(borrowing)」もあるが、中心をなすのは今回扱う部分であり、辞書が時代に対応しているかを問われるのも主にこの部分である。
 語形成は辞書学的には、①「複合(compound)」、②「派生(derivation)」に分類される。以下、それぞれについて具体例を挙げながら述べてみよう。
 ①複合とは、在来の独立した2語(以上)が結合して1語を形成し、新しい意味・機能を獲得することで、できた新語は複合語(compound)と呼ばれる。kiteboarding「カイトボード」、manspreading「交通機関の複数席の一人占め」などのように完全に1語になっているものもあれば、data-mine「データ解析からパターンなどを見つける」、ground-truthing「(空中探査結果の)地上確認」、cord-cutting「コードカッティング(ケーブルテレビの視聴契約をやめ、インターネットに切り替えること)」、future-proof「将来も続けて使える(ようにする)」のように、まだハイフン付きが普通のものもある(1語を創造する点では前回扱ったbrunch式の合成語も同様であるが、合成語の場合は省略部分が必ずあるので、「省略」の範疇で扱われることが多く、本原稿もその線に従った)。しかし圧倒的に多いのは、augmented reality「オーグメンテッド・リアリティ、拡張現実(感)」、deep learning「ディープ・ラーニング」、gig economy「ギグ・エコノミー(短期の請負仕事が一般化された経済。on-demand economyともいう)」などのように、2語(以上)が分離し、二次複合語(secondary compound)あるいは紐状複合語(string-compound)とも呼ばれるものである。さらにいくつかの具体例を以下に挙げておこう。
・brass ceiling
 《米》軍隊内での女性への差別(glass ceilingからの連想)
・growth hacking
 グロースハッキング(製品開発、マーケティングなどの面でクリエイティブな戦略を立てること。その担当者はgrowth hacker)
・game jam
 ゲーム開発ハッカソン(「ハッカソン」はhackathonとつづり、「hack+marathon」からの混成語である。「プログラマーやデザイナーなどの集団による(数日に及ぶ)プログラム開発大会」の意。2009年にGlobal Game Jamが創設された)
・Generation Z
 ゼット世代(1990年~2010頃に生まれた若い世代)
・effective altruism
 効果的利他主義(確固たる分析と論理に基づき、世界の向上を目指す社会運動)
 ②派生とは、独立語に在来の接辞(affix)を付けて新しく1語を作ることで、使われるのは接頭辞が多いが、接尾辞の場合もある。bioclimate「生気候」、biologics「バイオ医薬品」、cyberbullying「ネットいじめ」、declutter「(場所を)片付ける」、disintermediation「中間業者排除、メーカー・消費者直接取り引き」、geodynamics「地球力学」、microgrid「小規模発電網」、unfriend「(SNS上で)友人登録を外す」、Islamophobia「イスラム教嫌い」、Nordophilia「北欧好き」などがその例である。
 古来からの純然たる接辞ではないが、この数十年の間にれっきとした接辞として扱われるようになったものもある。その典型例として-gateがある。これは1970代初期、Nixson大統領の辞任にまで発展したWatergate事件にその端を発するもので、何らかのスキャンダル事件にはこれを付けることが多く、Monicagateをはじめすでに何十とある。昨年1月に行われたアメリカンフットボールのカンファレンス・チャンピオンシップで、New England Patriotsの選手が空気の抜けたボールを使い、全米で大きなスキャンダルになったが、この事件はthe Deflategate (scandal)として定着した。それに使われたボールはDeflategate footballと呼ばれ、驚いたことにこのボールはオークションで4万ドルを超える高値がついた。
 
 
【プロフィール】花本 金吾(はなもと きんご)
早稲田大学名誉教授。専攻はアメリカ文学・アメリカ語法。『全国大学入試問題正解・英語』の校閲のほかに『英熟語ターゲット1000・4訂版』『基礎英作文問題精講・改訂版』(いずれも旺文社)など著書多数。『オーレックス英和辞典』編集委員、『オーレックス和英辞典』専門執筆。

新語リポート 第4回 略語とその種類②―花本金吾

2016年2月12日|新語リポート

 
 第4回の今回は、前回に引き続き略語(abbreviations)、その中でも3つ目の分類である「混成語(blend)」について述べてみたい。
 混成語はblendのほかに、portmanteau word「かばん語」とも呼ばれ、2個の単語それぞれの一部を組み合わせて作る合成語のことである。
 portmanteau wordとは一風変わった呼び名に感じられるが、これがかの有名な童話『不思議の国のアリス』(Alice’s Adventures in Wonderland, 1865)の著者Lewis Carroll(1832-1898)の命名であることを知れば、なるほどと思われる向きも多いのではあるまいか。彼は有名な童話作家である傍ら、オックスフォード大学の講師でもあった。命名はThrough the Looking-Glass and What Alice Found There(1871)という著書の中で行っている。彼が作り、現在も辞書の中に生き続けている語の中には、chuckleとsnortから作ったchortle「高笑う」、gallopとtriumphから作ったgalumph「ぎこちなく[ばたばた]歩く[走る]」などがある。
 しかし2語を1つにまとめるこの表現方法は、簡潔に述べる、滑稽な効果を狙う、意味を強める、など様々な意図のもとに行われるものであるから、当然ながら、Carrollのはるか昔からも行われていたし、スピード化の現代にあってはますますその必要性が高まるのは容易に想像できる。最初は誰かが「一度限りの語(nonce word)」として使ったものが、その場面や時代にマッチする、あるいは理解しやすいなどの理由で広く使われるようになると、ついには新語としての生命を獲得していくことになる。
 多数ある中からいくつか具体例を挙げてみよう。
 現在では「アベノミクス」はすっかり定着した語となり、海外の刊行物でも広く使われている。これは、「Abe+economics」の混成語で、「安倍首相による経済政策」の意味である。この語はその前に定着していたReaganomics「レーガン第40代米大統領の経済政策」やClintonomics「クリントン第42代米大統領の経済政策」を前提としている。
 昨年の前半にはギリシャは経済危機でEUからの脱退が危ぶまれたが、その「脱退」は、Grexitと呼ばれた。「Greek+exit」の混成語であるが、これはその前に定着していたBrexitを前提にしたものである。周知の通り英国では以前からEU離脱を希望する人も多く、キャメロン首相は2017年末までにその賛否を問う国民投票を約束している。Brexitは言うまでもなく、「British+exit」の混成語である。
 最近の国際関係は利害が複雑に絡み合い、敵か味方か見分けがはっきりしないものが多い。こうした関係を表す語の一つにfrenemyがある。これは「friend+enemy」の混成語である。もちろん、「友人でもあり敵でもある人、友人の振りをした敵」の意で個人関係についても使われる。このような相反する意味の2語から混成した語に、coopetition「競争相手との提携」もある。これは「cooperation+competition」の混成語である。逆に似た意味の2語から混成したものとしては、dramedy「コメディードラマ」(drama+comedy)、framily「家族のように親しい友達」(friend+family)などが思い浮かぶ。
 食文化に関する記事でよく見かけるものにlocavore「地産地消主義者」がある。これは「local+vore」の混成語である。voreは、carnivore「肉食動物」、herbivore「草食動物」、omnivore「雑食動物」のほか、voracious「貪欲な」、voracity「貪欲」にも見られるが、「飲み込む」の意の語幹である。
 以上挙げたものはAbenomicsとBrexit、Grexitを除き、すべて和洋いずれかの紙媒体の辞書に収録されている(Brexitあたりも忘れられることはないと思える)。
 辞書に未収録ながらお目にかけたい語は何百とあるが、現代世相を特に色濃く映していると思えるもの数個に限定して紹介しよう。「air+apocalypse(この世の終わり)」からairpocalypse「(中国などに見られる)極度の空気汚染」、「drone+advertising」からdronevertising「ドローンによる広告」、「fare+forecasting」からfarecasting「航空券の最安値日予想」、「hack+activism」からhacktivism「政治的意図によるハッキング」(当然hachtivistもある)、「slacker(怠け者)+activism」からslacktivism「スラクティヴイズム、一人よがりの社会運動めいた行為」などがそれである。この中でいずれかの辞書に収録されて生き残るのは、いくつになるのだろうか。
 
 
【プロフィール】花本 金吾(はなもと きんご)
早稲田大学名誉教授。専攻はアメリカ文学・アメリカ語法。『全国大学入試問題正解・英語』の校閲のほかに『英熟語ターゲット1000・4訂版』『基礎英作文問題精講・改訂版』(いずれも旺文社)など著書多数。『オーレックス英和辞典』編集委員、『オーレックス和英辞典』専門執筆。

新語リポート 第3回 略語とその種類①―花本金吾

2015年12月16日|新語リポート

 
 英和辞書の編集作業における新語の扱いについて全6回の予定で話を進めているが、第3回の今回は略語(abbreviations)について述べてみたい。
 略語は長い語(句)や概念を短縮したものなので、書く場合にはスペースの節約になるばかりか、話す場合にも素早い意思の疎通が図りやすくなる。略語は日々数多く生み出されており、瞬時に消えてしまうものがある一方で、長く生存権を獲得していくものもある。辞書編集に際しては、それらの見極めが重要な作業の一つになる。
 略語は一般的には、①語(句)の一部を切り取って作る「端折り語(clipped word)」、②複数の語群または複合語のそれぞれの頭文字を並べて作る「頭(かしら)文字語、頭字語(initialismまたはacronym)」、③2個の単語それぞれの一部を組み合わせて作る「混成語(blend)」の3つに分類される。
まずは、それぞれについて具体例を示そう。
 ①「端折り語」はstump-word(切り株語)、elliptical word(省略語)などとも呼ばれるが、application(s)「アプリ」を意味するapp(s)、advertisement(s)「広告」を意味するad(s)などがその典型例である。return (ticket)、oil (painting)のように複合語の第2要素を省略する、いわゆるclipped compoundはあまり多くはないが、これも端折り語に属する。作り方としては語頭を残すものが多いが、(heli)copter、(tele)phoneのように語尾を残すものや、(in)flu(enza)、(de)tec(tive)のように中央部を残したものもある。また人名の愛称では、Elizabethのように、Liz [Lizzie, Lizzy]、Beth [Betty, Bettie]と異なる部分を略す場合もある。
 ②「頭文字語」では、BBCBBCBritish Broadcasting Corporation)「英国放送協会」やBSEBSEbovine spongiform encephalopathy)「牛海綿状脳症、狂牛病」のように、略語のアルファベットを1字ずつ発音するものと、MOOC(s)MOOCmassive open online course(s))「大規模オープンオンライン講座」やAIDSAIDSAcquired「Immune Deficiency [OR Immunodeficiency] Syndrome)「後天性免疫不全症候群、エイズ」のように、独立した単語として発音するものとの2種類がある。かつては前者をinitialism、後者をacronymと称し、区別して扱われることも多かったが、現在ではその区別はほぼなくなった。その結果、initialismとacronymはほぼ完全な同義語となった。
 区別がなくなったのには、それなりの理由が考えられる。最近では、例えば、VAT(value-added tax)「付加価値税」のようにVAT1VAT2の二通りに発音するものや、DVD-ROMDVDROMのように1つの略語の中に2種類の発音の仕方が混ざったものも増え、区別をする意味が失われてしまったわけである。
 この②の範疇に入る略語として、この数日の間にぼくの目に触れたものには、TPP(Trans-Pacific (Strategic Economic) Partnership (Agreement))「環太平洋(戦略的経済)連携協定」、TTIP(Transatlantic Trade and Investment Partnership)「環大西洋貿易投資パートナーシップ」、LGBT(lesbian, gay, bisexual and transgender)「性的マイノリティー」(最近ではquestioningあるいはqueerを表すQを加えて、LGBTQとすることも増えた)などがある。
 特にSNS上ではスペース上の制約から一つの概念を表す略語が生まれやすく、ユーモア感を持つものも多い。最近ますます広く使われるようになっているemoji「絵文字」は、略語そのものではないが、シンボルによって意思の疎通を図ろうとする点では、この種の略語と意図を一つにするものと言えるであろう。
 具体例は、TGIF(Thank God It’s Friday)「やれやれやっと金曜日だ」、NIMBY(not in my backyard)「ニンビー(的態度)」、FOMO(fear of missing out)「(SNSを使わないときの)一人取り残される恐怖」、YOLO(You Only Live Once)「人生は一度きりだ」などである。
 最後の③「混成語」とは、breakfastとlunchとを組み合わせて作ったbrunchのような略語のことである。多産な範疇であるが、これについては次回に譲らせていただくことにする。
 
 
【プロフィール】花本 金吾(はなもと きんご)
早稲田大学名誉教授。専攻はアメリカ文学・アメリカ語法。『全国大学入試問題正解・英語』の校閲のほかに『英熟語ターゲット1000・4訂版』『基礎英作文問題精講・改訂版』(いずれも旺文社)など著書多数。『オーレックス英和辞典』編集委員、『オーレックス和英辞典』専門執筆。

新語リポート 第2回 既存語の新しい語義―花本金吾

2015年10月23日|新語リポート

 
 辞書編纂の作業の中で目立たないながらも重要な仕事の一つに、「既存語への新語義の追加」がある。新しい事象や考えは全く新しい単語や表現によって表されることが多いが、既存の単語や表現を使って表されることもあるわけである。
 例えば、現在では知らない人はいないと思われるほどに一般化したtwitterを見てみよう。この語の元の語義は、名詞で「(小鳥の)さえずり、くすくす笑い」、動詞で「(小鳥が)さえずる」などである。ところが、TwitterというSNSの急速な普及で「(Twitterでの)つぶやき」、「(Twitterに)つぶやきを投稿する」という全く新しい意味で使われることが圧倒的に多くなった。twitterとほぼ同じ語義を持つtweetについても同様で、今ではやはり「つぶやき(を投稿する)」の意味での用法が中心である。
 今回はこのような「新しい語義を持つに至った既存語」のうち、特に興味深いとぼくに感じられた例を二つ挙げてみたい。
 第一の例は、他動詞のembedである。これは2003年に始まった米国によるイラク侵攻のころから、主にembedded reporter [journalist]の形で使われるようになった。「~を埋め込む、はめ込む」の意の動詞であるembedが、上の表現では、「従軍(記者[ジャーナリスト])」の意味になっている。いつ、どのような経緯で上記の意味で使われるようになったのかについては、今もつまびらかにできていないが、2003年以前ではなかった、と考えている。ぼくの調べた範囲でこの新しい語義を最初に収録したのは、The New Oxford American Dictionary [NOAD] 2nd edition (2005)であった。もちろん現在では、和洋の相当数の辞書がembedの語義として、「(記者・ジャーナリスト)を従軍させる」を収録している。
 第二の例は、「(テロ容疑者などの)他国への引き渡し」の意味でのrendition、同じく「引き渡す」の意味での動詞renderである。これらが使われるようになったのもイラク戦争の中ごろからである。「翻訳、解釈、演奏」などの意が最も一般的なrenditionが、どのような経緯で上記の意味で使われるようになったのか。調べてみると、renderが語源にhand over、give upなどの意味を持っており、それが名詞として発展し、「(国外逃亡犯の)引き渡し」となり、主に法的なコンテクストの中で使われていたことがわかった。米語に関して最も権威のある辞書と見なされてきたWebster’s Third New International Dictionary (1961)では、確かに第二の語義として、extradition「(国外逃亡犯の)引き渡し」が与えられている。
 だとすれば、これは新語義追加の例に当たらないのではないか、という疑問が出ても不思議ではない。ところが2004から2005年以降に使われる場合の意味は、同じ「引き渡し」でも従来の意味とは本質的に異なる。その違いとは、条約などの正規な手続き(due process)を経て行われてきた「引き渡し」が、「テロリストを正規な法的手続きによらずに、投獄・取り調べの目的で他国に引き渡すこと」になった点である。つまり、renditionの新語義は、ある意味で不法取引とも言いうる「引き渡し」になってしまったのである。
 このあたりに2001年9月のいわゆる同時多発テロを被った米国民の、そしてその政府の動揺や怒りが感じ取れるかもしれない。しかしこのようなrenditionに対して厳しい批判を浴びせている論者は多い。いずれは米国史の中で、この時代の汚点を暗示する語として残るかもしれない。
 今回は、新語といっても単語そのものが新しいのではなく、新たな意味で使われるようになったケースについて述べてみた。前述のTwitterもそうであるが、最近はLine、Periscope、Vine、Whisper、Yelpなど、主にSNS関連で、一般語を固有名詞化した商標が増えている。Apple、Subwayのように、すでに辞書編纂では省けないものも生まれている。収録を迫るものとして、今後どのようなものが生まれるのであろうか。
 
 
【プロフィール】花本 金吾(はなもと きんご)
早稲田大学名誉教授。専攻はアメリカ文学・アメリカ語法。『全国大学入試問題正解・英語』の校閲のほかに『英熟語ターゲット1000・4訂版』『基礎英作文問題精講・改訂版』(いずれも旺文社)など著書多数。『オーレックス英和辞典』編集委員、『オーレックス和英辞典』専門執筆。

新語リポート 第1回 新語の誕生とその広がり―花本金吾

2015年8月11日|新語リポート

 
 辞書を選ぶ際に何を基準にするかについては、いろいろな考えがあるだろう。比較的基礎的なレベルの学習者なら、そのレベルに応じたものがベストであろうから迷いは少ないだろうが、一般向けの辞書の場合はどうだろう。
 インターネット上での売り上げ順位とか周りの意見などを参考にする人も多いだろう。だがいずれにしても、「最近定着した新語や新表現がどの程度収録されているか」を基準の一つにする人は多い。ぼくの同僚たちの様子を見ても、2~3個の新語に当たってみて、それが出ていなければ、「この辞書はだめだ!古い!」と簡単に結論を下す者が多かった。辞書の編纂に深くかかわる立場の人間としては、何とも残念な気持ちになったが、逆に、「やはりある程度の新語収録は必要だ」との思いも強くしたものだった。
 ぼくは旺文社の『オーレックス英和辞典』の編纂で新語選定を担当しており、同社が年2回春秋に刊行している高等学校の英語教員向けの情報誌Argumentに、10年以上新語に関する連載を続けている。生まれ続ける新語について、少しでも新情報を提供したい思いによるものである。
 同じような思いの元に今回から6回にわたり、新語についての情報をお届けすることになった。新語といっても、例えば、breakfastとlunchのそれぞれの一部を組み合わせてできたbrunchといった混成語もあれば、LGBTのように4つの単語の頭文字でできた頭文字語もある。新しい考えによって生まれたUberやAirbnbのような企業名もあれば、学問の深化・細分化に伴って増える分野名などもあり、実に多種多様である。
 第1回目の今回は、1つの新語が生まれ、それが定着した場合、それを核として関連語がどんどんと増えていく過程を、selfieを例にしてたどってみよう。
 selfieが「自撮り写真」の意味であるのは、現在では万人周知のところであろう。しかし、ぼくが2013年秋号のArgument誌で取り上げた時点では、まだかなり目新しい単語であった。ところがわずか2年足らずの間に完全に日常語になっただけでなく、次のような表現が生まれる母体ともなった。現在までのぼくのメモでは、selfie stick; usie; selfie publishing; selfie generationと続く。
 selfie stickも現在では完全な日常語となっている。これが自撮り写真を撮る際にスマートフォンなどを身体から離して固定するための「自撮り棒」であるのは言うまでもない。
 usieは、誰か他の人と一緒に写したselfieのことである。このusがweの目的格のusであるのは言うまでもないが、この語はいささか「自然さ」に欠ける感じなので定着するかについては疑問視せざるを得ない。
 selfie publishingは、「個人対応の出版(業)」のことである(新語を収録する場合の最大の悩みは、それを「いかにわかりやすい日本語に訳すか」である)。最近のBloomberg BusinessWeek(Jul.13-Jul.19, pp.59-61)誌は、インターネット上で2~6歳の子供向けの絵本の出版を始めたある企業家の話を伝えているが、この表現はそこで使われている。注文する側の親が自分の子供の名前と性別を送信すると、出版社はその子供に合わせた内容の絵本を製作して宅配してくる。読み終わると子供の名前が現われ、子供は大喜びする仕組みになっているのだという。昨年度の業績は英国内の絵本の部でトップになるほどの人気だったという。
 この表現は、Googleで見る限り、今のところ用例は多くない。従来なら、personalized publishingあたりが妥当な表現であろうか。これがどの程度定着するのか、今後を待つことになる。
 selfie generationについては、ずばり「セルフィー世代」という訳だけにとどめておこう。
 次回は辞書学的見地から新語・新表現を大まかに分類しながら、話を進めてみたい。
 
 
【プロフィール】花本 金吾(はなもと きんご)
早稲田大学名誉教授。専攻はアメリカ文学・アメリカ語法。『全国大学入試問題正解・英語』の校閲のほかに『英熟語ターゲット1000・4訂版』『基礎英作文問題精講・改訂版』(いずれも旺文社)など著書多数。『オーレックス英和辞典』編集委員、『オーレックス和英辞典』専門執筆。

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