連載 続・日本の歌

靴が鳴る ―続・日本の歌 <最終回>―

2011年10月26日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している、『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。このサイトでは1年間にわたり、毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介してきました。今月が最終回です。

最後にご紹介するのは、「靴が鳴る」です。“お手(てて)つないで 野道を行けば” という出だしだけでも、子供たちが外で楽しく過ごしている様子が思い浮かびます。「靴が鳴る」という部分の訳し方にはぜひご注目ください。

これまですべての歌の翻訳を、東京外国語大学客員教授 Caroline E. Kano 先生がご担当くださいました。キャロライン先生、1年間ありがとうございました。


靴が鳴る

作詞・清水かつら 作曲・弘田龍太郎

お手(てて)つないで 野道を行(ゆ)けば
みんな可愛(かわ)い 小鳥になって
歌をうたえば 靴が鳴る
晴れたみ空に 靴が鳴る

花をつんでは お頭(つむ)にさせば
みんな可愛い うさぎになって
はねて踊れば 靴が鳴る
晴れたみ空に 靴が鳴る


Merry Shoes
Translated by Caroline E. Kano

Hand in hand, we skip along the lane,
Like pretty little birds, let us all be!
When we sing, ①our merry shoes join in,
’Neath a clear, blue sky, ①our shoes ②with us sing!

Let us pick flowers, and put them in our hair,
Like lovely little rabbits, we will all appear!
When we dance, our merry shoes join in,
’Neath a clear, blue sky, our shoes with us sing!


①3, 4 行目の「靴が鳴る」は「陽気な靴が自分たちと一緒になって歌ってくれる」と訳した。

②詩的な表現として、beneathの代わりに’neathを用い、またsing with usではなくwith us singという語順にした。

③花を摘む動作は、1番で描かれる野道を行く動作と並列ではなく、その情景の中で起こるものととらえ、2番の出だしはその時間の流れを意識してLet us ~と訳した。

あの町この町―続・日本の歌―

2011年9月20日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

9月は「あの町この町」です。外で遊び疲れた子どもたちが家路につく夕暮れ時の情景が、リズミカルに描かれます。英語版もメロディーにのせて歌うことができるようになっています。東京外国語大学客員教授 Caroline E. Kano 先生による翻訳をお楽しみください。


あの町この町
作詞・野口雨情 作曲・中山晋平

あの町 この町
日が暮れる 日が暮れる
今きたこの道
かえりゃんせ かえりゃんせ

お家が だんだん
遠くなる 遠くなる
今きたこの道
かえりゃんせ かえりゃんせ

お空に ゆうべの
星がでる 星がでる
今きたこの道
かえりゃんせ かえりゃんせ


This Town and That Town
Translated by Caroline E. Kano

In this town and in that town,
The day is growing dark,
Oh, the day is growing dark;
Along this path by which we came,
It’s time to go back home,
Oh, it’s time to go back home.

Gradually, ③our happy home
Is fading far away,
Oh, it’s fading far away;
Along this path by which we came,
It’s time to go back home,
Oh, it’s time to go back home.

In the sky, the evening stars
Are beginning to appear,
They’re beginning to appear;
Along this path by which we came,
It’s time to go back home,
Oh, it’s time to go back home.


①「あの町 この町」は、英語では this town, that town という順序が自然。

②「かえりゃんせ」は「もう帰る時間ですよ」と呼びかけるように訳した。

③「お家」は単に home ではなく happy home と訳すことで、1日楽しく遊んだ子どもたちが帰るべき場所、という意味合いを込め、さらにhの頭韻を踏みながら全体のリズムをよくした。

④繰り返しの部分では oh を加えることで詩的な感嘆の響きを持たせた。

故郷(ふるさと) ―続・日本の歌―

2011年8月19日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

8月は「故郷」です。誰もが心の中に大切にしているであろう、生まれ故郷の思い出、そんな郷愁は日本人独特のものなのかもしれません。イギリス出身の東京外国語大学客員教授 Caroline E. Kano 先生による翻訳をお楽しみください。


故郷
作詞・高野辰之 作曲・岡野貞一

兎追いしかの山
小鮒(こぶな)釣りしかの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき故郷

いかに在ます父母
つつがなしや友がき
雨に風につけても
思い出ずる故郷

志をはたして
いつの日にか帰らん
山は青き故郷
水は清き故郷


My Childhood Home
Translated by Caroline E. Kano

I chased hares ①among its mountains,
Fished small carp there in its stream.
These memories still fill my mind,
I cannot forget ③my childhood home.

I wonder how my parents fare?
I trust my friends are well?
Whether faced by rain or storm,
I think fondly on my childhood home.

When I have attained my dream,
I will return at last to my home,
My home, where the mountains are green,
My home, where ④the stream runs clear.


 

①日本語では高山から丘までを広く「山」と呼ぶが、英語ではmountainは高い山のみを指す。子供が遊んでいる場所が高山の上とは考えにくいので、ここでは on its mountainsではなく、among its mountainsと表現した

②「夢は今もめぐりて」は、思い出が今も自分の心をとらえて離さないのだと解釈し、「夢が今でも心をみたしている」と訳した

③ここでは「故郷」を「そこで育ち、幼いころの思い出がある場所」ととらえ、my childhood home と訳した

④「水は清き」の部分は、1番で描かれている「小鮒釣りしかの川」であると解釈し、同じstreamという語を再び使うこととした

 

この歌は、作詞家の高野辰之が自分の生まれ育った長野県の豊田村の山や川についてうたったものですが、これらは歌詞の中では敢えて特定されていません。日本人に共通する「心の故郷」のイメージが浮かんできて、だれもが懐かしく感じるのではないかと思います。

一方イギリスでは、本当の居場所を求めて早く独立し、住む場所を変えることが一般的なので、「いつか故郷に帰りたい」といった郷愁はあまり一般的ではありません。

生まれ故郷に対する思いは国や文化によってさまざまですが、それでもこの歌は世界中の人々にそれぞれのイメージや思い出を呼び起こしながら、親しまれ愛される魅力を持っていると思います。

しゃぼん玉 ―続・日本の歌―

2011年7月20日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

7月は「しゃぼん玉」です。シンプルで言葉の繰り返しが多い歌詞ですが、英語ではどのように表現されているでしょうか。東京外国語大学客員教授 Caroline E. Kano 先生による翻訳をお楽しみください。


しゃぼん玉
作詞・野口雨情 作曲・中山晋平

しゃぼん玉とんだ
屋根までとんだ
屋根までとんで
こわれて消えた

しゃぼん玉消えた
飛ばずに消えた
生まれてすぐに
こわれて消えた

風風吹くな
しゃぼん玉とばそ


Soap Bubble
Translated by Caroline E. Kano

Oh, soap bubble, you have flown up high,
As far as the roof, you have flown in the sky;
As high as the roof, you have blown away,
Dissolved and so instantly disappeared.

Oh, soap bubble, you have disappeared,
Flying no further, you have disappeared;
So very soon after you appeared,
You have dissolved and disappeared.

Oh, Mr. Wind, please do not blow;
But let my soap bubble upward float!


①英語では繰り返しを好まないが、ここではもとの歌詞の繰り返しが生む味わいを生かす訳にした

②1番と2番の最後の行は日本語では同じだが、英訳では1番では省略されている主語 You を、2番では前からのつながりで敢えて省略せず、ここでは異なる表現にすることでインパクトを強めた

③風は自然の力強さを連想させるため、英語では男性として擬人化されることが多い。この歌は作詞者の幼くして亡くなった娘をしゃぼん玉にたとえたものであるとする説もあるが、ここではしゃぼん玉で遊ぶ様子を歌った子供のための歌ととらえて、Oh, Mr. Wind と呼びかける訳にした

椰子の実 ―続・日本の歌―

2011年6月20日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

6月は「椰子の実」。海の向うから流れ着いた椰子の実に故郷を遠く離れて暮らす寂しさ、帰りたくても帰れない絶望を投影した詩です。東京外国語大学客員教授 Caroline E. Kano 先生の美しい英訳をお楽しみください。


椰子の実

作詞 島崎藤村 作曲 大中寅二

名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実ひとつ
故郷の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月

旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた 渚を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ

実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離の憂(うれい)
海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷の涙

思いやる 八重の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん


Coconut

Translated by Caroline E. Kano

From a far-off unknown isle,
A single coconut drifts ashore:
Separated from the shore of ③thy birthplace,
How long hast thou floated on the waves?

④The tree that bore thee flourishes thick,
And its branches create a canopy shade.
I too have the shore for my pillow,
A solitary roaming voyage.

⑤As I take the coconut, and press it to my breast,
The distress of wand’ring afar grows anew.
As I watch the setting of the sun on the sea,
Tears of longing course down my cheeks.

Reflecting distantly on the folds of the tide,
When, I wonder, might I return to my land!


① one coconut と訳すと two や three でないことを強調したいとき以外は不自然に響く

②「帰りたくても帰れない」という椰子の実の運命と作詞者の孤独感を重ねて、「離れて」は受動的に separated と訳した

③「故郷」は日本的な概念。しばしば hometown と訳されるが、故郷は town とは限らない。ここでは「生まれ故郷」ととらえた

④2番は作詞者が椰子の実に語りかける内容であるが、遠く故郷を離れた境遇の寂しさを分かち合う心情を、原文のような修辞疑問の形をとらず状況描写の中に表現した

⑤3番では、椰子の実に語りかけながらよりいっそう深まる望郷の念と絶望を忠実に英訳した

浜辺の歌 ―続・日本の歌―

2011年5月11日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

5月は「浜辺の歌」。歌詞の背景には作詞者である林古渓の実体験が見え隠れするものの、この歌が発表された当時に生じた手違いなどによって、詳しいことは謎のままだそうです。東京外国語大学客員教授 Caroline E. Kano 先生がこの詞をどのように解釈して翻訳したのか、また故郷であり、日本と同じ島国であるイギリスの海岸の印象などについては、この記事とあわせてぜひこちらのエッセイをご覧ください。 ↓

『研究と指導 Argument』 2011年春号 
連載記事 「オーレックスの世界 Behind the Songs」


浜辺の歌

作詞・林古渓 作曲・成田為三

あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も

ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ しのばるる
寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも


Song of the Shore

Translated by Caroline E. Kano

Roaming the shore in ①the early morn,
I recall the things of the past.
In the sound of the wind, ②inthe semblance of the clouds,
In the approaching waves, and the colour of the shells.

Wandering along the shore at ①eventide,
I recall the people of the past.
In the approaching waves, ②in the ebbing waves,
In the colour of the moon, and the twinkling of the stars.


①日本語の文語調に合わせてmorn(あした)やsemblance(~のさま)、eventide(ゆうべ)という語を選んだ

②詠嘆の「よ」を英訳するのは難しいが、同様の効果を期待してinという語を繰り返した

日本語では単数・複数の区別や冠詞の使い分けがないため、ここでいう「昔のこと」や「昔の人」が作詞者の具体的な経験や知人を指すのか、あるいはもっと漠然と遠い昔の人やことを指すのかがはっきりしない。
この歌には、現在ではほとんど歌われることがなくなった3番が存在する。発表当時の手違いで、現在は失われた4番の歌詞と混ざってしまったと言われ、意味が通じない部分があるが、これを読むと歌詞全体が作者の個人的な経験に基づくものではないかと推測できる。しかし、ここではあえてその背景を具体化しすぎずに、悠久の自然に触発され漠然と過去に思いを馳せる歌と解釈して翻訳することとした。

朧月夜 ―続・日本の歌―

2011年4月22日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

4月は「朧月夜」。日本の春の情景を美しく描写したこの詞を、東京外国語大学客員教授  Caroline E. Kano  先生が英訳してくださいました。日本で山々にうっすらとかかる春の霞は、先生の故郷イギリスで見るものとはまったくイメージが違うそうです。人生の半分近くを日本で暮らしてこられた Caroline 先生が持つ日本の春の印象がこの訳には反映されているそうです。

*この英訳に関する Caroline E. Kano 先生のエッセイはこちらでお読みいただけます↓
 『研究と指導 Argument』 連載記事「オーレックスの世界 Behind the Songs」

http://www.obunsha.co.jp/educational_information/argument/ebook/0901/index.html


朧月夜

作詞・高野辰之  作曲・岡野貞一

菜の花畠(ばたけ)に 入日薄れ
見わたす山の端 霞(かすみ)ふかし
春風そよふく 空を見れば
夕月かかりて におい淡し

里わの火影(ほかげ)も 森の色も
田中の小路をたどる人も
蛙(かはづ)のなくねも かねの音も
さながら霞める朧月夜


Misty Moonlit Night

Translated by Caroline E. Kano

On the fields of rape flowers, the setting sun grows dim.
On the folds of the far-off hills, ②a hazy veil falls.
In the sky ③beyond, where a spring breeze gently stirs,
The evening moon appears, suspended midst the pastel glow.

The flickering lights of the village, ④the hues of the forest trees,
The figure tracing the narrow path through the fields;
The croaking of the frogs, and ④the echo of the temple bell,
All become obscure, in this misty moonlit night.


①1番・2番とも冒頭の2行は出だしの形をそろえ、f の音を繰り返す頭韻法(alliteration)で、情景描写のバランスとともに音の面でもバランスをとっている

②山ひだに深く立ち込める霞がベールのように見える光景をイメージして、a hazy veil falls とした

③「見わたす、見上げる」という行為のニュアンスを出すために、beyond を加えた

④colours でなく hues、sound でなく echo を用いているのは、全体的に霞がかってぼんやりとした春の夕暮れの景色と音を詩的に表現するためである

蛍の光 ―続・日本の歌―

2011年3月25日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

3月は「蛍の光」。多くの学校で卒業式に歌われているのではないでしょうか。曲はスコットランド民謡ということもよく知られています。東京外国語大学客員教授  Caroline E. Kano  先生が、今回も文語調で掛詞なども織り交ぜられたオリジナルの歌詞の雰囲気を生かして英訳してくださいました。


蛍の光

作詞・稲垣千頴  スコットランド民謡

蛍の光 窓の雪
書(ふみ)よむ月日 重ねつつ
いつしか年もすぎの戸を
あけてぞ今朝は 別れ行く

止まるも行くも 限りとて
互(かた)みに思う 千萬(ちよろず)の
心の端を 一言に
幸(さき)くとばかり 歌(うと)うなり


By the Glow of Fireflies

Translated by Caroline E. Kano

By the glow of fireflies, bright snow at the window,
The months and days of study grow in number.
All at once, ②the years too pass, and ②the cedar door we open;
For upon this morn, we ③say farewell, and go upon our way.

All we who stay, and we who leave, upon this day,
From midst the ④many thoughts we fondly share
But find these simple words to turn to song,
Oh, ⑤fare thee well, wholeheartedly we sing.


①all at once は「突然」だが、「気がつくと、いつのまにかすっかり時間がたっていた」というイメージで、「いつしか」の訳とした。
②掛け言葉の「年も過ぎ」と「杉の戸」を、それぞれ the years too pass と the cedar door とした。
③「別れゆく」に込められた意味を、「別れを告げ、各々自分の道を進んで行く」と表現した。
④「互みに思う 千萬の」は、互いにさまざまな思いを抱き合っていることを share (共有する)を用いて表現した。
⑤fare thee well は「お元気でいてください」という意味をもつ。「幸くとばかり」を「幸あれ、お元気で」というメッセージだと解釈してこの詩的な表現を選択した。

早春賦 ―続・日本の歌―

2011年2月24日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

2月は「早春賦」。春が待ち遠しいこの時期にぴったりの歌です。東京外国語大学客員教授  Caroline E. Kano 先生が、文語調で詩的な響きをもつ歌詞の雰囲気そのままに、美しく英訳してくださいました。メロディにのせて歌うことができますので、ぜひ英語で口ずさんでみてください。


早春賦

作詞・吉丸一昌 作曲・中田章

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

氷融け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か


Ode to Early Spring

Translated by Caroline E. Kano

The spring is but a name in the chill of the wind,
The bush warbler in the valley, though longing to sing,
Finds still it is too soon to trill his song,
Finds still it is too soon to trill his song.

The pond ice thaws, and reeds begin to sprout,
“Oh, spring has come at last,” I rejoice, yet, alas!
Today, as yesterday, the sky is filled with snow,
Today, as yesterday, the sky is filled with snow.

If I had not heard ’twas spring, I would not know,
Yet now I’ve heard, my heart impatiently takes flight!
Oh, how should I bide this wondrous time?
Oh, how should I bide this wondrous time?


①日本語の文語調に合わせて、1行目ではふつうなら only となるところを but とし、3行目ではふつうなら still を it is の後に置くところを前に置いた。

②1行目の chill、3、4行目の still と韻を踏むことができるよう、ウグイスがさえずる様子を表すのに trill という語を選んだ。

③ウグイスでさえずるのは雄だけなので his song とした。

④いよいよか、と春の到来への期待に作者が声をあげる様子をイメージして引用符を用い、同時に雪が残っていると気づく落胆を alas! で表現した。

⑤’twas という it was の省略形を用いたのは英語のリズムの問題のほか、全体を日本語にあわせて詩的な文語調にする試みでもある。

⑥「急かるる」をtakes flight としたのは、この詞全体に満ちた春とそれに付随するロマンスを待ち焦がれる心が、今にも空に飛び立とうとしているととらえたため。

ふじの山 ―日本の歌 キャロライン先生Q&A―

2011年2月17日|連載 続・日本の歌

1月に掲載した「ふじの山」の翻訳について、キャロライン・E・狩野先生に詳しくお聞きしました。擬人化された富士山のイメージや、韻の踏み方などについて語ってくださいましたので、ぜひ参考にしてください。


編集部:
イギリスご出身のキャロライン先生は、日本の象徴である富士山にはどのようなイメージをお持ちですか? そのイメージは、この歌詞の英訳にどんな影響を与えているでしょうか?

キャロライン先生:
My image of Mount Fuji has always been a majestic, yet at the same time elegant, symbol of the mystique of this wonderful land. This image did very much affect my translation, in terms of it appearing to me in the poem to be almost personified*. Whereas in the first verse, it appears in all its majesty in a male form, in the second verse, where it is presented entirely draped in a kimono of snow, it seems to take on a female form, and indeed the figure of a bride.

*personification 擬人法

編集部:
この歌詞において先生が選ばれた単語や表現、特にオリジナルの歌詞にはない sumptuous を敢えて英訳に含めた理由などを教えてください。また、英語のリズムのよさはどのようにして生み出されているのですか?

キャロライン先生:
It was this image of a regal bride in the second verse, which intuitively inspired me to translate かすみのすそを とおくひく as ‘Trailing a sumptuous veil of mist’. To me, the nuance of ‘sumptuous’ (豪華な、きらきら輝く、華やかな) could not but be intrinsically* implied in the very image of ‘mist’ here. Furthermore, effective alliteration** is naturally created in juxtaposition*** with the repeated ‘s’ sounds in the words ‘Soaring’, ‘sky’, ‘snow’, ‘supreme’, and even, subtly, in the word ‘mist’ itself.

*intrinsically 本質的に、本来
**alliteration 頭韻(法)…詩などで同じ音で始まる語を2つ以上続けて用いる修辞法
***juxtaposition 並置(状態)

ふじの山 ―続・日本の歌―

2011年1月24日|連載 続・日本の歌

童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載している『オーレックス和英辞典』のコラム「日本の歌」。ここでは毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

1月は「ふじの山」。富士山の荘厳な姿を表現した歌詞を、東京外国語大学客員教授  Caroline E. Kano 先生による美しい英訳でお楽しみください。


ふじの山

作詞・巌谷小波 作曲・不詳

あたまを雲の 上に出し
四方の山を 見おろして
かみなりさまを したに聞く
富士は 日本一の山

青空高く そびえたち
からだに雪の きものきて
かすみのすそを とおくひく
富士は 日本一の山


Mount Fuji
Translated by Caroline E. Kano

Holding its head high above the clouds,
Looking down on all the mountains around,
Listening to the rumbling of the thunder below,
Mount Fuji ①②reigns supreme.

Soaring far into ③an azure sky,
Adorned in ④a gown of whitest snow,
Trailing a sumptuous veil of mist,
Mount Fuji reigns supreme.


①はじめの3行をいずれも –ing形とし、4行目で結論となる動詞が出てくる構造にすることで、富士山が少しずつ姿を見せて最後にその全貌を明らかにするような、劇的な演出を意図した。

②「あたまを雲の上に出し」ており、また日本人にとって崇敬の対象であることから、「日本一の山」を「君臨している」と訳した。

③azure を用いることで、雲ひとつない澄み切った空の明るい青と、そびえ立つ富士山のコントラストを強調した。

④「雪のきもの」や「すそをとおくひく」などから冬の富士山が美しい純白の花嫁衣裳を身にまとっているというイメージを膨らまし、「きもの」をあえてkimonoではなく wedding gown (ウェディングドレス)を表す gown と訳した。


今回から、Caroline E. Kano 先生が翻訳についてのコメントを寄せてくださいます。近日中に掲載しますので、ぜひお楽しみに!

雪 ―続・日本の歌ー

2010年12月21日|連載 続・日本の歌

『オーレックス和英辞典』に収録されているコラム「日本の歌」では、童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載しています。

辞典では歌詞のごく一部しか掲載していませんので、読者のみなさまのリクエストにお応えして、毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳を紹介しています。

12月は「雪」。「雪やこんこ」のリズミカルな響きや、雪の降り積もる中での犬と猫のいる情景など、東京外国語大学客員教授  Caroline E. Kano 先生による美しい英訳をお楽しみください。


作詞・不詳  作曲・不詳

雪やこんこ あられやこんこ
降っては降っては ずんずん積もる
山も野原も わたぼうしかぶり
枯木残らず 花が咲く

雪やこんこ あられやこんこ
降っても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり
猫はこたつで丸くなる


Snow

Translated by Caroline E. Kano

The snow keeps ①fluttering,
The hail keeps ①pattering,
Falling, yet ①falling,
Rapidly ①settling.
The mountains and fields
All wearing cotton caps;
Even withered trees ②vanish,
Turn to flow’rs of white.

The snow keeps fluttering,
The hail keeps pattering,
Falling, yet falling,
Never ceasing.
③Little puppies joyfully
④Chase around the garden;
③Little kittens curl up tight
Warm by ⑤the sunken hearth.


①前半の日本語の軽快なリズムを  -ing を繰り返すことで表現した。また -ing 形を重ねることで、刻々と降り積もって行く時間の経過を表現した。

②雪が覆うと同時に枯れ枝に白い花が咲くときの、ぱっと変わるイメージを vanish という語で表現した。

③子どもが歌う歌であることから、かわいらしい情景が思い浮かぶように犬と猫は dogs と cats ではなく  puppies  と  kittens と訳した。

④chase は何かを「追いかける」という意味ではなく、「走り回る」という意味。子犬が元気よく庭を駆け回っている様子を表現した。

⑤英語では「こたつ」に相当する語がなく、そのイメージを伝えるには長い説明を要する。そこで、冬に人々がそのそばに座り暖をとる、というイメージを優先して、本来「囲炉裏」を指す sunken hearth という語をあてることにした。


★この翻訳は、実際に「雪」のメロディーに合わせて歌うことができます。Caroline Kano 先生も実際に授業で学生さんたちと一緒に歌ったそうです。ぜひ英語で歌ったときの響きを確かめてみてください。

紅葉 ―続・日本の歌―

2010年11月22日|連載 続・日本の歌

『オーレックス和英辞典』に収録されているコラム「日本の歌」では、童謡からロックに至るまで、幅広いジャンルからポピュラーな日本の歌の歌詞の一部を英訳して掲載しています。

辞典では歌詞のごく一部しか掲載していませんので、読者のみなさまのリクエストにお応えして、毎月1作品ずつ、全歌詞の翻訳をこのサイトに掲載していきます。

歌の詩は短い語数の中に美しい言葉の響きやメッセージが凝縮されているものです。東京外国語大学客員教授  Caroline E. Kano 先生による美しい英訳をお楽しみください。


紅葉

作詞・高野 辰之 作曲・岡野 貞一

秋の夕日に照る山紅葉
濃いも薄いも数ある中に
松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は
山のふもとの裾模様(すそもよう)

渓(たに)の流れに散り浮く紅葉
波に揺られて離れて寄って
赤や黄色の色さまざまに
水の上にも織る錦(にしき)


 

Autumn Leaves

Translated by Caroline E. Kano

Autumn mountain leaves, glowing in the setting sun,
Multitudes of varied hues of deep and paler red,
Together with ①the crimson vines, adorning ①the somber pines,
Weaving a splendid patterned train at the foot of the hills.

Autumn leaves in the valley, scattering on the rippling stream,
Suspended on the gentle flow, meeting and parting they sway;
Vermilions and yellows, countless gorgeous tints and shades,
Cov’ring the surface of the water with a glorious brocade.


 

① 色鮮やかな紅葉とは対照的な松の木の堂々とした重いイメージを表現するため、somber という語を加え、また vines と pines が韻を踏むようにした。
② 「裾模様」は「(紅葉が)美しい模様の裾を織っている」とした。
③ 自分の意思でなく川の流れに乗り、流されていくようすを suspended という語で表現した。
④ Cov’ring  は Covering を短縮したもの。eの母音を発音しないことで音節数を調整し、歌詞全体のリズムをよくするために Cov’ring と表記した。

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