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メタファーの森 第2回 怒りのメタファー ―内田諭

2012年2月28日|メタファーの森

 
‣‣はじめに
 「言語の根底にはメタファーがある」。前回、「人生(life)」を表すメタファーを概観することで、この事実を確認しました。例えば、I’m at a crossroads of my life.(私は人生の岐路に立っている)という何気ない表現も、実はその裏に「Life is a journey.(人生は旅である)」というメタファーが存在している、ということでした。
 メタファーは「人生」以外にも、様々な抽象的な概念の裏に潜んでいます。今回は「感情」に焦点を当て、特に「怒り」について詳しく見ていくことにします。
 
‣‣「怒り」を表すメタファー
 「怒り」「悲しみ」「喜び」などの感情は目に見えないもので実体がありません。しかし、私たちはこの感情を表現したいと思いますし、相手に伝えたいと感じます。そのためには「ことば」で表現する必要があります。そこで活躍するのが、「抽象的なものを具体的なものに見立てる」メタファーです。
 では、感情はどのようなものに見立てられるのでしょうか。ここでは「怒り」を例に考えていきましょう。次の英語の意味を考えてみて下さい。
 
 My anger is welling up.
 When Betty read the email, she exploded.
 
 1つ目の例は「私の怒りは溜まってきている」という意味です。2つ目は「彼女の怒りが爆発した」という意味です。この2つの例から、「怒り(anger)」は「溜まる」ものであり、「爆発する」ものに見立てられているということが言えそうです。
 この2つの要素をうまく説明できるメタファーは「怒りは容器に入った液体である」と考えられます(これは1つの捉え方であり、他の捉え方もありますが以下ではこれを基に英語の表現を読み解いていきます)。次の図を見て下さい。
 

 
 まず、重要な点は、「容器」(container)という見立てです。抽象的なものは、外部との境界があいまいなため、その実体を捉えるために容器に入っているというように考えます。「怒り」は、この容器に入っている物体で、それは他の原因によって膨張します。この膨張のプロセスを述べたのがMy anger is welling up.という表現です。そして、その膨張が限界に達した時、容器は爆発します(she exploded)。
 メタファーで重要なことは、見立てたもの(容器に入った液体)で起き得ることは、矛盾がない限り見立てられたもの(怒り)に関しても起きるということです。例えば、容器が圧力に耐えかねて「爆発する」という現象は、「怒り」にも当てはまり「怒りが爆発する」というように表現できます。このことを念頭に、次の英語の表現を見てみましょう。
 

 【容器の中の物体の分量が増える】
  1. My anger is welling up.
    私の怒りは溜まってきている
  2. I felt the anger rise up within me.
    私は自分の中で怒りがこみ上げてくるのを感じた
 【(爆発しないように)容器から湯気を出す】
  3. Call me anytime if you want to blow [OR let] off some steam.
    憂さ晴らしがしたければいつでも電話しておいで
 【内容物が容器に圧力をかける】
  4. I was nearly bursting with anger.
    私は怒りではちきれそうだった
 【圧力に耐え切れず爆発する】
  5. When Betty read the email, she exploded.
    ベティはそのメールを読んだ時、怒りが爆発した
 【怒りが容器の外に出る】
  6. The teacher’s anger finally came out at his students.
    教師の怒りはついに生徒に向かって爆発した
  7. I vented my anger at my brother.
    私は弟に怒りをぶちまけた

Koevecses, Z. (2005) Metaphor in Culture: Universality and Variation. Cambridge University Press.を参考に作成。
 
 1, 2では容器の中に液体(怒り)が溜まっていく様子を表しています。3は容器が爆発しないように「ガス抜き」をするということです。4は容器が中からの圧力で爆発寸前であることを表し、5は耐え切れずに爆発してしまったことを表します。また、爆発の結果、液体(怒り)が外に出てきたというのが6, 7の表現です。このように、「容器が熱せられて中の液体が膨張し爆発する」というシナリオは、メタファーによって「怒り」にも適応されるのです。
 上に挙げた表現以外にも、このメタファーに基づくものとして次のようなものがあります。それぞれどのような背景があるか考えてみて下さい。

 【その他の表現】
  1. I couldn’t contain my anger any longer. それ以上怒りを抑えることができなかった
  2. I blew my top at his sudden cancellation. 彼のドタキャンに私はキレた
  3. I lost my cool. 私は冷静さを失った
  4. My boss flared up at my rude question. 上司は私の失礼な質問に激怒した

 
‣‣日本語と英語の違い
 日本語の怒りを表す表現には、英語と同じように「怒りは容器に入った液体である」というメタファーに基づいて、「怒りがこみ上げる」「怒りに満ちる」「怒りが沸く」「怒りが爆発する」などがあります。先ほどの図とシナリオは、日本語の怒りの表現にも当てはまるということが言えそうです。
 一方、「怒りを腹に収める」「腹に据えかねる」「はらわたが煮えくり返る」「腹が立つ」など、「腹」という言葉を使った表現もあります。英語で「腹」はbelly, stomach, abdomenなどと言いますが、これらを使って怒りを表現することはできません。この違いはどこからくるのでしょうか。
 先ほどの図をもう一度ご覧下さい。怒りを含むものは単なる「容器」でしたが、日本語の「腹」を含む怒りの表現は、「腹」を怒りが入る「容器」として見立てていると考えることができます。この違いの原因はいろいろと考えられますが、日本人は伝統的に「腹」を体の中心に考えてきたからなのかもしれません。実際、「腹」を含む慣用表現は多く、「腹を探る」「腹を切る」「腹が太い」「腹を割る」「腹をくくる」などがあります(武道でも腹は「丹田」と呼ばれ気をためる重要なところです)。
 このように日本語・英語の怒りの表現の仕方は、メタファーを通してみることで違いがはっきりとします。また、より詳細に検証することで、言語固有の考え方や価値観も探っていくことも可能でしょう。
 
‣‣まとめ
 今回は「感情」の1つである「怒り」について取り上げました。「怒りは容器に入った(膨張する)液体である」というメタファーがあり、これを基に様々な表現が派生するということ、また、「容器に入った液体」のシナリオは「怒り」のシナリオとしても適応されるということを見ました。さらに、日本語は「腹」を「容器」と見立て、英語にはない独自の表現があることを指摘しました。
 
 次回も「感情」に関するメタファーを取り上げる予定です。「怒り」だけだと暗くなってしまいますので「happiness(幸せ、喜び)」について考えてみたいと思います。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭 (うちだ さとる)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。現在、東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。