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メタファーの森 第1回 人生は旅である ―内田諭

2011年12月26日|メタファーの森

‣‣はじめに
 この連載では、「メタファーの森」と題して、英語の「メタファー」について話していきます。詳しい説明に入る前に、まずは次の英語の意味を考えてみてください。

 I think the singer is already over the hill.

 「その歌手はすでに丘の向こうにいると思う」と訳していませんか? 文脈によってはこれも正解ですが、実はこれは「その歌手はもう盛りを過ぎている」という意味になります。その理由をメタファーの観点から見ていきましょう。

‣‣メタファーとは?
 そもそもメタファーとは何でしょうか。メタファーを日本語にすると「隠喩」になります。あるものを他のものに喩える「比喩」の1つです。例えば、「君は僕の太陽だ」という表現は、「君」を「太陽」に喩えています。
 メタファーはかつて文学作品や詩における「言葉の装飾」として捉えられてきました。しかし、1980年以降、認知言語学の発展で、「メタファーは人間の思考を形作るもの」として考えられるようになりました(この点に関して、1980年に出版されたLakoff and JohnsonによるMetaphors We Live byという本が大変重要な意味を持っています)。「メタファーが思考を形作る」のであれば、私たちが「思考」に基づいて使う「言葉」はメタファーによってある程度決まってくるとも考えられます。実は冒頭の表現も、あるメタファーを基にしたものなのです。

‣‣『人生は旅である』
 冒頭の例のover the hillを文字通りに訳すと、「丘の向こう」という意味になります。しかし、 これは「全盛期を過ぎている」という意味です。この意味が出てくる背景にはLife is a journey.(人生は旅である)というメタファーが存在します。
 私たちはこのメタファーを通して、「人生」というどこか捉え所のないものを、「旅」という具体的で誰でも経験できることを通して「理解」しています。つまり、人生の始まりを旅の出発点と捉え、人生の進行を旅の進行になぞらえます。hillは、旅のクライマックスを表しており、これがすなわち人生の最盛期を表すということになります。冒頭の例の場合、「(歌手としての)人生 (journey) 」の「最盛期 (hill)」を越えてしまっている、というように解釈できます。図にして考えてみましょう。


 「メタファーが言葉を規定する」ということは、このメタファーに基づいた英語の表現はたくさんあることを見ればはっきりするでしょう。いくつか例を挙げてみましょう。

1. My brother and I chose to go separate ways. 弟と私は違う道を進むことを選んだ
2. I’m at a crossroads of my life. 私は人生の岐路に立っている
3. She’s without direction in life. 彼女は人生の方向性を失っている
4. There’s no turning back. もう後戻りはできない
5. go on one’s last journey あの世に行く

 1のwayは、物理的な道ではなく、人生の「進路」を表しています。2のcrossroadsは文字通りの意味では「交差点」ですが、人生のとるべき道筋を選ぶ「岐路」を表していると言えます。3は「人生」という「旅」において進むべき方向がわからないことを意味します。4はここまで進んできた「道」を引き返すことはできないということを表します。5の「最後の旅」とは、「あの世への旅」であり、死を意味します。これらの表現に共通するのがLife is a journey.という考え方です。
 すでにお気づきかもしれませんが、『人生は旅である』というメタファーは日本語にも存在します。「進路」、「岐路」と言った表現もこのメタファーに基づいたものですし、「(人生が)行き詰まる」、「成功の道を進む」、「出世コースにのる」などといった表現も同様です。一方、日本語と英語で異なるメタファーも存在します。このことについては次回以降に見ていくことにします。

‣‣『人生はギャンブルである』
 「人生」が喩えられるのは「旅」だけではありません。英語にはLife is a gamble.(人生はギャンブルである)というメタファーも存在します。このメタファーは特に人生の不確定な要素を強調したものです。

1. He hit the jackpot with his new business. 彼は新しいビジネスでひと山当てた
2. It’s just the luck of the draw whether a person is born rich or not. お金持ちに生まれるかどうかは運次第だ
3. when the chips are down 《口》せっぱ詰まった際に,いざというときに
4. If you play your cards right in your company, you could have a successful career in no time. 会社でうまく立ち回ればすぐに出世できるかもよ
5. It’s just in [《英》 on] the cards. 単純にそういうめぐり合わせなんだよ

 1の例でhit the jackpotは宝くじなどの大当たりですが、人生においてギャンブル性を伴った成功を表すときに「ひと山当てる」といった意味合いで使います。2のdrawはくじ引きを表し、人生はくじ引きのように運に左右されることを示しています。3はポーカーからきた表現で、chipsは賭け金を意味し、「(対戦相手によって)賭け金がテーブルに置かれたとき」、つまり「相手が勝負する準備が整ったとき」を表します。こちらに勝負する準備ができていなければ「せっぱ詰まったとき」あるいは「絶体絶命のとき」ということになります。4のplay one’s cards rightはトランプのカードを戦略的にうまく使うということから、「手際よく行う」、「うまく立ち回る」という意味が出てきます。5はタロット占いのカードにすでに含まれているということから、「そうなることが決まっていた」、「そういう運命だった」という意味になります。

‣‣メタファーを学ぶメリット
 最後に、メタファーを学ぶメリットについて2点挙げます。まず、イディオムを含む英語独特の表現を、成り立ちも含めて理解できるようになるということです。慣用表現の意味は丸暗記ではすぐに意味を忘れてしまいがちですが、一連の表現の裏には基盤となるメタファーがあると理解できれば、記憶に定着しやすくなります。“over the hill”を「全盛期を過ぎる」という意味のイディオムとして記憶することもできますが、メタファーという観点を導入することで、意味の成り立ちを根本から理解でき、ニュアンスを正確に捉えることができるようになります。この「理解」が「記憶」の強化につながるのです。
 もう1つのメリットは、英語を発信するときに、豊かな言語表現ができるようになるということです。例えば、Life is a journey.というメタファーに基づいて、「人生という旅の道を変える」という発想から、“This book changed the course of my life.”(この本は私の人生の道を変えた)のような表現が可能になります。メタファーに基づいた表現は、たとえ自分で自由に考えたものであっても意味が通じます。英語話者はLife is a journey.というメタファーを頭の中に持っていて、それらの表現の理解の基盤となるからです。
 以上のように、メタファーは英語の受信・発信両方に有効です。つまり、メタファーを学ぶことは英語力を底上げすることに直結するのです。この連載では、「英語学習に役に立つメタファー」という観点から、今後様々なものを紹介していく予定です。

 
→次回は「感情」のメタファーを見ていきます。英語と日本語では感情の表現方法が異なることがあります。実はこの裏にはメタファーが隠れているのです。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭 (うちだ さとる)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。現在、東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。