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メタファーの森 第6回 遍在するメタファー ―内田諭

2012年11月9日|メタファーの森

 
‣‣はじめに
 これまで「人生」「怒り」「幸せ」「時間」「愛」などに関するメタファーを見てきましたが、英語にはこの他にも様々なメタファーがあります。今回の記事では「考え」「会社」「希望」という3つを取り上げ、私たちの言語はメタファーにあふれているということを改めて見ていきたいと思います。

‣‣「考え」のメタファー

「考え」は「構築物」に例えられます。日本語でも「考えを論理的に組み立てる」などのように表現されます。「構築物」には「土台」があり、「組み立て」られ、「解体」されます。これらのシナリオが「考え」を表す表現にも適応されます。

 【Idea is a building.】
 1. Drawing a figure will help you build an idea.
   図を描くと考えを組み立てる助けになるでしょう
 2. Her question was quite simple but it took me a while to assemble my thoughts.
   彼女の質問は極めて単純だったが私の考えを組み立てるのに時間がかかった
 3. I had to re-structure my thinking.
   私は自分の考えを組み立て直さなければならなかった
 4. The experiment demolished the idea of a distinction between the two types.
   その実験によって、2つのタイプを区別するという考えは崩れ去った
 5. The foundation of your idea is certainly valid, but you should reconsider how you
   develop it.
   あなたの考えの基礎は確かに妥当だが,発展の方法を再考するべきだろう

 1の表現は、まさに「考え」を「組み立てる」という表現です。buildの他、structureやframeなどの動詞も用いられることがあります。2も同様のイメージです。3は考えを「建て直す」、4は「取り壊す」ことを表す表現です。5は、考えの「土台」をfoundationという単語で表しています。 
 
‣‣「会社」のメタファー

「会社」は目的地に向かって進む「船」に例えられ、「社員」は船に乗る「乗組員」に例えられます。また、船は目的地に向かって航行することから、会社の経営状態が船の進む様子になぞらえられて表現されます。

 【A company is a ship.】
 1. I feel my company is sinking. 私は自分の会社が沈みつつあると感じる
 2. We should run a tight ship on expenditure to get through the recession.
   不況を乗り切るには支出を厳しく管理をしなければならない
 3. This is not just about you―we are all in the same boat.
   これはあなただけの問題ではありません.みな同じ船に乗っているのですから.
 4. This is uncharted territory for our company.
   これは私たちの会社にとって未知の領域だ
 5. We need to take a different direction; otherwise our company will be on the rocks.
   違う方向に進まなければならない.そうでなければ私たちの会社は行き詰ってしまう

 1は「会社」という船が沈没寸前であることを述べ、会社の業績が悪化していることを表します。2のrun a tight shipは「厳しく管理する」の意味で、慣用的な表現として用いられます。3のall in the same boatは「運命共同体」「一蓮托生」などの意味で用いられます。同じ船に乗っているのだから、沈む時はいっしょだというイメージがこの表現の根底にあると言えます。4は「海図に載っていない水域を航海する」という意味から、thisの指す内容が、当該の会社が経験したことのない分野であることを示します。5は、会社という船が進む進路や行程についてのメタファーです。会社の経営が「船旅」であるとすると、「旅」のメタファー(life→第1回love→第5回)と通じるところがあることがわかるでしょう。
 

‣‣「希望」のメタファー
 最後に「希望」のメタファーを見てみましょう。「希望」は「光」と「火」に例えられ、それらに関連したメタファー表現が多く見られます。

 【Hope is light.】
 1. I strongly believe that there is still a ray of hope.
   私はまだ一縷の望みがあると強く信じている
 2. I have a bright hope that the project will be successful.
   私はプロジェクトが成功するという明るい希望を持っている
 3. The prospects are gloomy for the next year’s sale. 来年の売上の見通しは暗い

 1-3は「希望は光である」というメタファーに基づいた表現です。1のrayは光線を指します。文字通りには「一筋の光」となります。また、glimmer (かすかな光)of hopeという表現もあります。2, 3は、明るさは希望があることを、暗さは希望がないことを表す例です。3のgloomyはもともと暗さを表す形容詞ですが、転じて「悲観的な」という意味を表します。

 
 次の4-6の例は、「希望は火である」というメタファーに基づいた表現です。火が灯った状態で希望があるということを表し,火が消えることは希望がなくなることを表します。

 【Hope is fire.】
 4. Her face was lit with hope. 彼女の顔には希望の火が灯っていた
 5. They are burning with hope. 彼らは希望に燃えていた
 6. The news extinguished the flame of hope. そのニュースが希望の火を消してしまった

 
‣‣まとめ
 言語はメタファーにあふれています。しかし、じっくり考えないとその存在はなかなか気づかないものです(意識しないと「空気」の存在を感じないことに似ているかもしれません)。ひとたびメタファーに気がつけば、「この表現もそうか」、「なるほどそういう意味だったのか」といった発見があるでしょう。また、一度「理解」した表現は記憶にしっかりと残り、他の関連表現といっしょに記憶にとどまります。メタファーはことばを客観的に見ることができる一つの視点であり、また、ことばを学習するための一つのツールでもあるとも言えるかもしれません。
 
 この連載は今回が最後となります。メタファーの面白さ、また、ことばを分析することの面白さが少しでも伝わったのであれば嬉しく思います。最後までお読み頂き、ありがとうございました。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭(うちだ さとる)
東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・語用論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。著書に『連関式英単語LINKAGE』(Z会,2011年)など。

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