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Tsunami or Tidal Wave? ――舘林信義

 
 今年3月の東日本大震災のニュースを見聞きし,被害に遭われた多くの人に深く同情すると同時に,そのニュースをテレビは勿論ですが,新聞,特に英字新聞を見ながら,思い出したことがあります.
 
 かなり前の話になりますが,仕事の関係で何度かハワイ島を訪れました.そして仕事の合間にそこのハイスクールの先生などに案内されて島のいろいろな場所を訪れたりもしました.ある時,ハワイ島の東側にあるヒロを訪れ,そこの海岸に近い地域の一角に建っている時計,そしてヒロから少し離れた海岸にある記念碑の説明を受けました.時計は “Tsunami Clock” と呼ばれ,記念碑は “Tidal Wave Memorial” と呼ばれていました.
 
 ヒロとその付近の海岸は,20世紀に入って非常に大きな津波に2度襲われています.ひとつは1946年4月1日,もうひとつは1960年5月23日で,はじめの大津波ではヒロだけで96人,2回目には61人が死亡したそうです.その時計と記念碑が,一方が “tsunami” ,他方が “tidal wave” と呼ばれていることにちょっと興味をひかれませんか?
 
 「津波」のことを何十年か前までは英語で “tidal wave”,ある時期あたりから “tsunami” と呼ぶことが多くなった,とおぼろげながら理解していたのですが,この際英語の辞典ではどうなっているのだろうか,と手許にあるいくつかの辞典で調べてみました.
 
 まず最初に Shorter Oxford Dic.(SOD) から:1952年版(1944年第3版の重版)には “tsunami” の見出しはなく,“tidal” の見出し中の語釈のひとつとして “tidal wave:the high water wave caused by the movement of the tide; (erroneously) an exceptionally large ocean wave caused by an earthquake or other local commotion” とあり,これによればtidal wave を「津波」の意味に使うのは誤りとしています.(しかし「津波」を英語で何と言うのか,には触れていません.)
 
 SOD の第4版(1993)にはtsunamiが見出し語として出ていて,次のように説明されています:a long high undulation or series of undulations of the surface of the sea caused by an earthquake or similar underwater disturbance, traveling at great speed and in shallow waters often building up enough height and force to flood the land. Also called seismic sea-wave, tidal wave.
 
 その他,私の手許にある辞典だけを中心に話を進めますと,Concise Oxford Dic.(COD) の第4版(1951)にはtsunamiはなく,tidal wave だけがあり,1990年の第8版には入っています.Webster’s New World Dic.(College版) の初版(1953) にもtsunamiはなく,第3版(1988)は収録しています.主として学習者向けの辞典,例えばCOBUILD English Language Dic.の初版(1987)を見てみますと,そこには入っていませんが,私の手許の2003年版には入っています.
 
 その他の辞典では,tidal waveの語義のひとつとして,例えば American Heritage Dic. (AHD)の第4版(2000)や New Oxford Dic. of English (NODE)の第2版(2003) など “= tsunami” という扱いにしているものもありますが,多くの場合 nontechnical usage (or term)とかnot in technical useと断っています.例えば Webster’s New World College Dictionaryでは tidal wave を “nontechnical term for a tsunami or a similar wave caused by strong winds and not actually related to the tides” と説明しています.
 
 ところで,1950年代までは “tsunami” という日本語語源の語がどの英語辞典にも出ていなかったのが,その後1960年前後から1980年代の間どういうきっかけで見出し語として採録されるようになったのでしょうか.
 
 本格的に調べたわけでもないので恥ずかしいのですが個人的には,そのきっかけとなったのがハワイの大津波ではないか,と想像しています.とにかくハワイの津波のニュースがかなり広く世界に伝わり,そしてハワイに非常に多く在住していた日系人たち(ハワイの全人口の2割以上といわれています)が母国語である “tsunami” を日常語として頻繁に使ったことから,その語が英語の語彙中にしっかりと根を下ろしたのではないかと思っています.ちなみに雑誌 “The Economist” の今年3月19日号にこんなことが書いてありました. “That ‘tsunami’ is one of the few Japanese words in global use points to the country’s familiarity with natural disaster.”
 
 最後にTidal Wave MemorialとTsunami Clockに戻りましょう.前者はヒロの北西30数キロほどのところにありますが,その碑には1946年4月1日の津波で命を落とした主に中学生や先生たち24人の名前が刻まれています.一方,後者の時計も1946年の津波に襲われましたが,幸い壊れずにその後もきちんと動いていたようです.それが1960年5月23日,再び津波に襲われた午前1時4分に止まってしまい,その後そのままの時間で保存されて,津波で命を落とした人々への追悼のしるしとされている,と聞いています.
 
 
 
【プロフィール】舘林 信義(たてばやし・のぶよし)
上智大学文学部英文科卒.1953年,旺文社入社.在職中及び退職後も含め20年余辞典編集にかかわる.一方,日本LL教育センターの一員として小学生,中高生の英語教育にも微力を傾ける.辞書を引くのが趣味? +クイズ解き,ただしやさしいものに限る.
『オーレックス英和辞典』『オーレックス和英辞典』では,文型解説・校閲を担当.

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