O-LEXブログ

むかしむかしあるところに辞書の好きな男の子がいました  ―石井康毅

 
 海外の事情や英語学習に役立つ話は、他の執筆者の方々に任せて、私は辞書が大好きで、それが高じて仕事にまでしてしまった人の話を書かせていただきます。
 
[小学生時代]
 小学校の時、国語の宿題の中に「意味調べ」というものがありました。「教科書の文章を読んで、意味の分からないことばや、気になることばがあったら国語辞典で調べて、ノートに意味を書きましょう」というものでした。10個も調べれば十分なところなのですが、私は一度気になると放っておけない性格で、この宿題が出るといつも、かなり遅くまでかかって、とにかく辞書を引いては、それを書き写していたことを覚えています。気になることが全て解消するととてもすっきりした気分になり、何かに取り憑かれたかのように(?)辞書を引きまくりました。その頃から、「辞書によって書いてあることに違いがある」ということに薄々気が付いていたような気がします。今思うと、この経験が私が辞書に興味を持つきっかけだったのでしょう。
 
[中学生時代]
 中学生になると、英語の勉強が始まります。NHKラジオの英語講座を聴き始め、中学1年で『基礎英語』、2年で『続基礎英語』、3年で『上級基礎英語』と聴き続けました。今よりも番組の区分数が少なかったNHKのテキストは、辞書を引かなくてもなんとかなる学校の教科書よりも、文法も語彙も進度が速かったため、だんだんと英和辞典を引くことが増えてきました。『続基礎英語』の頃には、テキストを隅から隅まで読んで理解しようと思うと、小学校の卒業記念でもらった中学生用の一番易しい英和辞典では足りないという場面が増えてきて、大人用の辞書を引くようになりました。ところが、家にあった英和辞典は父が大昔に使っていた辞書でした。それが何だったのかは今では分からないのですが、古くて規模も多少心許ないこともあり、新しい辞書を買ってもらいました。それが旺文社の『Comprehensive英和中辞典』でした。これが私の(大げさですが)辞書人生の本格的な始まりでした。その時から、辞書にない見出し語や語義があると、それが載っている新しい辞書がほしくなるという「病気」が始まりました。
 
[高校生時代]
 高校生になってからも、ラジオを聴き続けました。1年生で『英会話』、2年生で『やさしいビジネス英語』と進みました。さすがに『やさしいビジネス英語』は高校2年生には相当難しかったのですが、辞書と格闘しながら聴き続けました。高校生にもなると教科書も一気に難しくなり、分からない表現の意味が明らかになるまで調べないと気が済まない私には苦難の時代(?)でした。手持ちの辞書で一通り調べ、それでも分からないことは学校の図書館で大型の辞書で調べるようになりました。古典や漢文でも、図書館の大型辞書をひたすら引いたことを覚えています。そのうち、いちいち図書館に行くのも面倒になり、高校2年生の時くらいに、研究社の『新英和大辞典』(第5版)や、英語の先生が英作文の授業で引いていた『新編英和活用大辞典』などを買いました。さらに英英辞典にも手を出し始めました。最初に買った英英辞典は、先生が「面白い辞書が出た」と紹介してくれたCollins COBUILD English Dictionary (第2版)でした。COBUILDに加え、高校生のうちにOxford Advanced Learner’s Dictionary of Current English (第5版)、Longman Dictionary of Contemporary English (第3版)、Cambridge International Dictionary of Englishをそろえて、英和で足りない時には引いていました。これらの辞書が出たのが全て1995年で、私が英英辞典に興味を持ったのがちょうどその時だったということに、今思うと何か運命めいたものを感じます。
 そんな、辞書に囲まれたちょっと(ものすごく?)変わった高校生だった私は、高校2年生の頃には、「将来は英語の辞書を書きたい」、「もっと使いやすい英語の辞書を作りたい」と思うようになっていました。当時よく使っていた研究社の辞書の執筆者のところを見ると、東京外国語大学の先生の名前が多く挙がっていたため、深く調べもせずに「東京外大に行って大学の先生になれば辞書を書けるんじゃないか」と考え、英語が好きで得意だったこともあり、外大を目指しました。
 
[大学生時代]
 その希望は叶って外大に入学したわけですが、辞書好きはますます進化(?)します。英語辞書の最高峰であるOEDもたまに引くようになりました。持っている辞書の数も着実に増え続けていったのですが、英語に関するいろいろなことを学ぶ中で、辞書以外にも興味がわいてきました。ひとつは比喩です。もうひとつは大量のテキストデータをコンピューターで処理することで、母語話者の直感でも決して得られない面白いデータが多く得られるコーパス言語学です。学部の卒業論文では、これら全部に関わる、コーパス・比喩・辞書をテーマにした研究をしました。(これらの分野は10年ちょっと経った今でも私の主要な研究テーマです。)
 
[そして念願の辞書執筆へ]
 コーパス言語学を学んで、テキスト処理をしたりしていた関係で、外大の馬場彰先生と野村恵造先生から、旺文社の『レクシス英和辞典』でコーパスからのコロケーションデータ抽出を手伝わないかと声をかけていただきました。これが、辞書制作に携わった初めての経験です。その後、大学院在学中には、『コアレックス英和辞典』の本文執筆の経験もさせていただきました。その後は他の出版社の辞書でも執筆に参加する機会をいただき、大学の教員にもなれ、高校生の頃の夢は叶ってしまいました。でも叶ったのはまだ半分です。「もっと使いやすい英語の辞書を作りたい」という夢はまだこれからです。
 これからも好きな辞書を仕事にして、少しでもよりよい辞書作りに、そして英語を学ぶ多くの人たちが外国語を学ぶ楽しさや奥深さを知るきっかけとなるような、より使いやすい辞書を作るということに貢献できればと考えています。
 
 
 
【プロフィール】石井 康毅(いしい やすたけ)
成城大学社会イノベーション学部准教授。専門は認知意味論、コーパス言語学、辞書学。
『オーレックス英和辞典』では連語のコーパス検証とコンピューター関連語の執筆・校閲を担当。

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