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英語のオシゴトと私 第14回―弘山貞夫
ハムとマザーグースと“コソリティ”

2020年5月26日|英語のオシゴトと私

 浅野享三先生からバトンを受け継ぎました。愛知県の公立高校で再任用を含め40年以上教壇に立ち、定年後は10年間高専で英語多読授業を主に担当し、この3月教師生活にピリオドを打ちました。浅野先生とは、Readers Theatre (音読劇)を英語教育に生かしてゆこうと、ネット上の研究グループを立ち上げ、ご一緒に活動をしています。
 前置きとして、私と英語との個人史を少し記します。小学校5年生の時、アマチュア無線技士(通称:ハム)の資格を取得。高校時代は送受信機だけでなく、テレビアンテナのお化けのような八木アンテナも自作し、 “Hello, hello, CQ!”と海外のハムとの交信に明け暮れていました。将来は世界航路の船に乗り、通信士を夢見ていましたが、理数系の成績がガタ落ち。唯一の救いだった英語を生かすしかないと、外国語学部へ進むことになりました。松本享のラジオ英会話、國弘正雄のトークショーなどを熱心に視聴したことが、現在の自分を作ってくれたと感謝しています。
 大学では、mentorと呼べる恩師との出会いがあり、語学的文体論を専攻しました。プラーグ学派の機能言語学、アメリカのNew Rhetoricsなどを学ぶ機会にも恵まれました。師が私たち学生を叱咤激励する口癖が今も耳に残っています。「まずは語感を持って読んだり書いたりを目指せ。次に実感を持って読み書けるように。そして究極は、霊感、インスピレーションを持って読み書きできる境地に達せよ。」そこでニヤッとされ、「だが尺貫法はもう古いし、五貫、十貫、と言ってもわからないだろう。ましてやレイカンは、ゼロ貫だから、それを期待するのはとうてい無理かな。」とも。
 さて、40歳に差し掛かる頃、マザーグースの魅力に取り憑かれ、授業にも取り入れたり、せっせと日英語の絵本、翻訳本、研究書、CD、ビデオ、グッズなどを買い漁りました。その数は千点余り。小さなMother Goose Museumが開けそうです。一番興味を惹かれたのは、英米の雑誌・新聞にマザーグースの一節が何気なく引用されている点です。特に見出しなどに効果的に使われ、大人から子供まで英語文化圏の共有文化財になっています。「マザーグースを知らずして、英語教育を語るなかれ」と自戒した次第です。マザーグース研究家の藤野紀男氏(十文字学園女子大学名誉教授)と一緒に、「マザーグース研究会(現在は、学会)」を設立し、30年以上活動を続けています。ただ、ここ10年、そういった引用が少なくなってきました。英語が脱英米化してきた反動かもしれません。
 紙幅が残り半分です。真面目に辞書を引かなかった失敗談を、恥ずかしながら披露します。The New York Times International Editionを読むのが日課ですが、ある時、どうも意味が取れない箇所がありました。arguablyという単語です。それまでは、動詞argueが「言い争う」だから、「言い争うことができる→疑わしくて」と勝手に解釈していました。辻褄が合わないので、辞書を引いてみてびっくり!「⦅しばしば比較級・最上級の前で⦆ほぼ間違いなく、おそらく (反対されそうな発言に根拠や理由などを加える。絶対とは言えないが、自分はそう信じているというニュアンスがある)」(『コアレックス英和辞典 第3版』旺文社)、とあるではありませんか。不勉強を恥じた次第です。 
 それからは極力、辞書を引いて読むようにしました。そこで、思わぬ発見もありました。ある英和辞典でnextが元は最上級だったと知った時です。nighが原級、そしてnearが比較級だったと。一番近いからnextが「隣、次の」という意味になったんだと分かり、思わず膝を叩きました。
 今は、せっせと英字紙などから生きた用例を集めています。「無観客での(試合)」というときに、spectator-freeという簡潔な言い方を見つけ、ひとりほくそ笑んでいます。オーソリティになるのは無理にしても、せめて“コソリティ”にはなりたい、と夢を描いているseptuagenarianです!

 

【プロフィール】弘山貞夫(ひろやま さだお)
名古屋市出身。愛知県立大学外国語学部英米学科を卒業後、西三河地方で長年、愛知県立高校教員として勤務。共著『だから英語は教育なんだ』(研究社)。退職後、豊田工業高等専門学校で非常勤講師。マザーグース学会副会長。新英語教育研究会全国常任委員。
憧れは北斎の境地です。「七十年前画く所は実に取るに足るものなし 七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり 故に八十六才にしては益々進み 九十才にして猶(なお)其(その)奥意を極め 一百歳にして正に神妙ならんか 百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん」