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メタファーの森 第3回 幸せのメタファー ―内田諭

2012年5月9日|メタファーの森

‣‣はじめに
 前回、「怒り」を表す表現について、I couldn’t contain my anger any longer.(それ以上怒りを抑えることができなかった)などのように「怒りは容器に入った(膨張する)液体である」というメタファーを基にした表現が多くあることを見ました。「怒り」などの「感情」は目には見えないものですので、言語化するにはこのように何かに見立てて表現する(=メタファー)ことがよくあります。今回は「幸せ」について見ていきたいと思います。
 
‣‣「幸せ」の方向は?
 「幸せ」はどちらを向いているでしょうか。哲学的な問いのように感じられるかもしれませんが、メタファーを使った表現を見てみると、それははっきりとしています。左でも右でも、前でも後でもなく、「上」です。このことは「天にも昇る気分だ。」「気分は上々だ。」などの日本語の表現を考えてもわかると思います。英語でも例えばI’m feeling up.という表現は「気分が上々である」ということを表します。一方、I’m feeling down.は「落ち込んでいる」という意味で、「下」は逆に「不幸せ」を表すと言えるでしょう。
 
 このような表現の裏にはHappy is up. Sad is down.という「方向性」に関するメタファーが隠れています。「怒り」は「容器」という「構造物」として見立てられていましたが、「幸せ」・「不幸せ」の例のように、ある概念が方向と関連付けられているということも多く見られます。
 
‣‣方向を用いたメタファー
 方向を用いたメタファーの特徴は、体系性があるということです。つまり、「幸せ」は一貫して「上」に対応付けられ、概念的に逆の「不幸せ」は、方向的に逆の「下」に一貫して対応付けられます。例えば、lower one’s moodという表現を考えてみましょう。mood(気分)を「下げる」(人の気分を落ち込ませる)という意味ですが、これは日本語で考えてもわかるように「不幸せ」を表す表現です。もしこれが「気分を良くする」という意味であれば、方向の対応付けの関係に当てはまらなくなりますが、そういう意味にはなりません。より大きな視点で考えると、「幸せ」・「不幸せ」に限らず、概して「上」は良いこと、「下」は悪いことに対応します(詳細は次のセクションの具体例を見てください)。この意味でも、「方向は体系的に概念と結びつている」ということが言えそうです。また、方向を用いたメタファーは身体的な経験と密接に関わっていると考えられます。私たちはうれしい時はバンザイと手を上げますし、悲しいときは下を向き、うなだれます。これは人間誰しも共通することですので、方向のメタファーは多くの言語に存在し、方向と意味の対応付けもとても良く似ている傾向があります。
 
‣‣「上下」に関わる英語の表現
それでは、具体的な英語の例をいくつか見てみましょう。まずはHappy is up. Sad is down.の例です。

 【Happy is up. Sad is down.】
 1. I’m feeling up today. 今日は気分が上々だ
 2. He’s in high spirits. 彼は意気揚々だ
 3. Her kind words gave me a lift.
   彼女の優しい言葉でうれしくなった


 4. I’m feeling down today.
   今日は気分が落ち込んでいる
 5. I feel depressed. 憂鬱な気分だ
 6. My spirits sank lower and lower. どんどん気分が沈んでいった

 次は、Health is up. Sickness is down.です。この例も「上」は良いことである「健康」に、「下」は悪いことである「病気」と結びつきます。

 【Health is up. Sickness is down.】
 1. He’s in top shape. 彼の体調は万全だ
 2. You need to get enough sleep to get healed up quickly.
   早く回復するには十分な睡眠を取る必要がある
 3. Regular exercise is essential to build up your health.
   定期的な運動は健康を増進するのに不可欠だ


 4. She fell ill after eating. 彼女は食後気分が悪くなった
 5. He’s sinking fast. 彼は急に容態が悪くなっている
 6. My brother came down with the flu.
   私の弟はインフルエンザにかかった

 最後に、Having force is up. Being subject to force is down.というメタファーを見てみましょう。これは「力を持つこと」(優位に立つこと,支配すること)が「上」、「支配されること」(従属すること)が「下」に対応しています。

 【Having force is up. Being subject to force is down.】
 1. My wife has control over the household account. 家計は妻が握っている
 2. I couldn’t get on top of the whole situation.
   私はすぐに全体の状況を把握することができなかった
 3. He remained at the top of the committee for many years.
   長年、彼は委員会のトップだった


 4. The bank was placed under state control.
   その銀行は国の管理下に置かれた
 5. The politician fell from power after the scandal.
   スキャンダルの後、その政治家は失脚した
 6. I can’t decide because I am low man on the totem pole.
   下っ端の私には決められません

※Lakoff and Johnson (1980) Metaphors We Live byを参考に作成。
 
‣‣まとめ
 今回はHappy is up. Sad is down.を中心に方向を用いたメタファーを見ました。概して「上」は良いことに、「下」は悪いことに体系的に対応しているということを、具体例を通して検証しました。
 
 次回は、「時間(time)」について、英語ではどのようなメタファー表現があるかということを概念別に紹介していく予定です。
 
 
 
【プロフィール】内田 諭(うちだ さとる)
東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・語用論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。著書に『連関式英単語LINKAGE』(Z会,2011年)など。

メタファーの森 第2回 怒りのメタファー ―内田諭

2012年2月28日|メタファーの森

 
‣‣はじめに
 「言語の根底にはメタファーがある」。前回、「人生(life)」を表すメタファーを概観することで、この事実を確認しました。例えば、I’m at a crossroads of my life.(私は人生の岐路に立っている)という何気ない表現も、実はその裏に「Life is a journey.(人生は旅である)」というメタファーが存在している、ということでした。
 メタファーは「人生」以外にも、様々な抽象的な概念の裏に潜んでいます。今回は「感情」に焦点を当て、特に「怒り」について詳しく見ていくことにします。
 
‣‣「怒り」を表すメタファー
 「怒り」「悲しみ」「喜び」などの感情は目に見えないもので実体がありません。しかし、私たちはこの感情を表現したいと思いますし、相手に伝えたいと感じます。そのためには「ことば」で表現する必要があります。そこで活躍するのが、「抽象的なものを具体的なものに見立てる」メタファーです。
 では、感情はどのようなものに見立てられるのでしょうか。ここでは「怒り」を例に考えていきましょう。次の英語の意味を考えてみて下さい。
 
 My anger is welling up.
 When Betty read the email, she exploded.
 
 1つ目の例は「私の怒りは溜まってきている」という意味です。2つ目は「彼女の怒りが爆発した」という意味です。この2つの例から、「怒り(anger)」は「溜まる」ものであり、「爆発する」ものに見立てられているということが言えそうです。
 この2つの要素をうまく説明できるメタファーは「怒りは容器に入った液体である」と考えられます(これは1つの捉え方であり、他の捉え方もありますが以下ではこれを基に英語の表現を読み解いていきます)。次の図を見て下さい。
 

 
 まず、重要な点は、「容器」(container)という見立てです。抽象的なものは、外部との境界があいまいなため、その実体を捉えるために容器に入っているというように考えます。「怒り」は、この容器に入っている物体で、それは他の原因によって膨張します。この膨張のプロセスを述べたのがMy anger is welling up.という表現です。そして、その膨張が限界に達した時、容器は爆発します(she exploded)。
 メタファーで重要なことは、見立てたもの(容器に入った液体)で起き得ることは、矛盾がない限り見立てられたもの(怒り)に関しても起きるということです。例えば、容器が圧力に耐えかねて「爆発する」という現象は、「怒り」にも当てはまり「怒りが爆発する」というように表現できます。このことを念頭に、次の英語の表現を見てみましょう。
 

 【容器の中の物体の分量が増える】
  1. My anger is welling up.
    私の怒りは溜まってきている
  2. I felt the anger rise up within me.
    私は自分の中で怒りがこみ上げてくるのを感じた
 【(爆発しないように)容器から湯気を出す】
  3. Call me anytime if you want to blow [OR let] off some steam.
    憂さ晴らしがしたければいつでも電話しておいで
 【内容物が容器に圧力をかける】
  4. I was nearly bursting with anger.
    私は怒りではちきれそうだった
 【圧力に耐え切れず爆発する】
  5. When Betty read the email, she exploded.
    ベティはそのメールを読んだ時、怒りが爆発した
 【怒りが容器の外に出る】
  6. The teacher’s anger finally came out at his students.
    教師の怒りはついに生徒に向かって爆発した
  7. I vented my anger at my brother.
    私は弟に怒りをぶちまけた

Koevecses, Z. (2005) Metaphor in Culture: Universality and Variation. Cambridge University Press.を参考に作成。
 
 1, 2では容器の中に液体(怒り)が溜まっていく様子を表しています。3は容器が爆発しないように「ガス抜き」をするということです。4は容器が中からの圧力で爆発寸前であることを表し、5は耐え切れずに爆発してしまったことを表します。また、爆発の結果、液体(怒り)が外に出てきたというのが6, 7の表現です。このように、「容器が熱せられて中の液体が膨張し爆発する」というシナリオは、メタファーによって「怒り」にも適応されるのです。
 上に挙げた表現以外にも、このメタファーに基づくものとして次のようなものがあります。それぞれどのような背景があるか考えてみて下さい。

 【その他の表現】
  1. I couldn’t contain my anger any longer. それ以上怒りを抑えることができなかった
  2. I blew my top at his sudden cancellation. 彼のドタキャンに私はキレた
  3. I lost my cool. 私は冷静さを失った
  4. My boss flared up at my rude question. 上司は私の失礼な質問に激怒した

 
‣‣日本語と英語の違い
 日本語の怒りを表す表現には、英語と同じように「怒りは容器に入った液体である」というメタファーに基づいて、「怒りがこみ上げる」「怒りに満ちる」「怒りが沸く」「怒りが爆発する」などがあります。先ほどの図とシナリオは、日本語の怒りの表現にも当てはまるということが言えそうです。
 一方、「怒りを腹に収める」「腹に据えかねる」「はらわたが煮えくり返る」「腹が立つ」など、「腹」という言葉を使った表現もあります。英語で「腹」はbelly, stomach, abdomenなどと言いますが、これらを使って怒りを表現することはできません。この違いはどこからくるのでしょうか。
 先ほどの図をもう一度ご覧下さい。怒りを含むものは単なる「容器」でしたが、日本語の「腹」を含む怒りの表現は、「腹」を怒りが入る「容器」として見立てていると考えることができます。この違いの原因はいろいろと考えられますが、日本人は伝統的に「腹」を体の中心に考えてきたからなのかもしれません。実際、「腹」を含む慣用表現は多く、「腹を探る」「腹を切る」「腹が太い」「腹を割る」「腹をくくる」などがあります(武道でも腹は「丹田」と呼ばれ気をためる重要なところです)。
 このように日本語・英語の怒りの表現の仕方は、メタファーを通してみることで違いがはっきりとします。また、より詳細に検証することで、言語固有の考え方や価値観も探っていくことも可能でしょう。
 
‣‣まとめ
 今回は「感情」の1つである「怒り」について取り上げました。「怒りは容器に入った(膨張する)液体である」というメタファーがあり、これを基に様々な表現が派生するということ、また、「容器に入った液体」のシナリオは「怒り」のシナリオとしても適応されるということを見ました。さらに、日本語は「腹」を「容器」と見立て、英語にはない独自の表現があることを指摘しました。
 
 次回も「感情」に関するメタファーを取り上げる予定です。「怒り」だけだと暗くなってしまいますので「happiness(幸せ、喜び)」について考えてみたいと思います。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭 (うちだ さとる)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。現在、東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。

メタファーの森 第1回 人生は旅である ―内田諭

2011年12月26日|メタファーの森

‣‣はじめに
 この連載では、「メタファーの森」と題して、英語の「メタファー」について話していきます。詳しい説明に入る前に、まずは次の英語の意味を考えてみてください。

 I think the singer is already over the hill.

 「その歌手はすでに丘の向こうにいると思う」と訳していませんか? 文脈によってはこれも正解ですが、実はこれは「その歌手はもう盛りを過ぎている」という意味になります。その理由をメタファーの観点から見ていきましょう。

‣‣メタファーとは?
 そもそもメタファーとは何でしょうか。メタファーを日本語にすると「隠喩」になります。あるものを他のものに喩える「比喩」の1つです。例えば、「君は僕の太陽だ」という表現は、「君」を「太陽」に喩えています。
 メタファーはかつて文学作品や詩における「言葉の装飾」として捉えられてきました。しかし、1980年以降、認知言語学の発展で、「メタファーは人間の思考を形作るもの」として考えられるようになりました(この点に関して、1980年に出版されたLakoff and JohnsonによるMetaphors We Live byという本が大変重要な意味を持っています)。「メタファーが思考を形作る」のであれば、私たちが「思考」に基づいて使う「言葉」はメタファーによってある程度決まってくるとも考えられます。実は冒頭の表現も、あるメタファーを基にしたものなのです。

‣‣『人生は旅である』
 冒頭の例のover the hillを文字通りに訳すと、「丘の向こう」という意味になります。しかし、 これは「全盛期を過ぎている」という意味です。この意味が出てくる背景にはLife is a journey.(人生は旅である)というメタファーが存在します。
 私たちはこのメタファーを通して、「人生」というどこか捉え所のないものを、「旅」という具体的で誰でも経験できることを通して「理解」しています。つまり、人生の始まりを旅の出発点と捉え、人生の進行を旅の進行になぞらえます。hillは、旅のクライマックスを表しており、これがすなわち人生の最盛期を表すということになります。冒頭の例の場合、「(歌手としての)人生 (journey) 」の「最盛期 (hill)」を越えてしまっている、というように解釈できます。図にして考えてみましょう。


 「メタファーが言葉を規定する」ということは、このメタファーに基づいた英語の表現はたくさんあることを見ればはっきりするでしょう。いくつか例を挙げてみましょう。

1. My brother and I chose to go separate ways. 弟と私は違う道を進むことを選んだ
2. I’m at a crossroads of my life. 私は人生の岐路に立っている
3. She’s without direction in life. 彼女は人生の方向性を失っている
4. There’s no turning back. もう後戻りはできない
5. go on one’s last journey あの世に行く

 1のwayは、物理的な道ではなく、人生の「進路」を表しています。2のcrossroadsは文字通りの意味では「交差点」ですが、人生のとるべき道筋を選ぶ「岐路」を表していると言えます。3は「人生」という「旅」において進むべき方向がわからないことを意味します。4はここまで進んできた「道」を引き返すことはできないということを表します。5の「最後の旅」とは、「あの世への旅」であり、死を意味します。これらの表現に共通するのがLife is a journey.という考え方です。
 すでにお気づきかもしれませんが、『人生は旅である』というメタファーは日本語にも存在します。「進路」、「岐路」と言った表現もこのメタファーに基づいたものですし、「(人生が)行き詰まる」、「成功の道を進む」、「出世コースにのる」などといった表現も同様です。一方、日本語と英語で異なるメタファーも存在します。このことについては次回以降に見ていくことにします。

‣‣『人生はギャンブルである』
 「人生」が喩えられるのは「旅」だけではありません。英語にはLife is a gamble.(人生はギャンブルである)というメタファーも存在します。このメタファーは特に人生の不確定な要素を強調したものです。

1. He hit the jackpot with his new business. 彼は新しいビジネスでひと山当てた
2. It’s just the luck of the draw whether a person is born rich or not. お金持ちに生まれるかどうかは運次第だ
3. when the chips are down 《口》せっぱ詰まった際に,いざというときに
4. If you play your cards right in your company, you could have a successful career in no time. 会社でうまく立ち回ればすぐに出世できるかもよ
5. It’s just in [《英》 on] the cards. 単純にそういうめぐり合わせなんだよ

 1の例でhit the jackpotは宝くじなどの大当たりですが、人生においてギャンブル性を伴った成功を表すときに「ひと山当てる」といった意味合いで使います。2のdrawはくじ引きを表し、人生はくじ引きのように運に左右されることを示しています。3はポーカーからきた表現で、chipsは賭け金を意味し、「(対戦相手によって)賭け金がテーブルに置かれたとき」、つまり「相手が勝負する準備が整ったとき」を表します。こちらに勝負する準備ができていなければ「せっぱ詰まったとき」あるいは「絶体絶命のとき」ということになります。4のplay one’s cards rightはトランプのカードを戦略的にうまく使うということから、「手際よく行う」、「うまく立ち回る」という意味が出てきます。5はタロット占いのカードにすでに含まれているということから、「そうなることが決まっていた」、「そういう運命だった」という意味になります。

‣‣メタファーを学ぶメリット
 最後に、メタファーを学ぶメリットについて2点挙げます。まず、イディオムを含む英語独特の表現を、成り立ちも含めて理解できるようになるということです。慣用表現の意味は丸暗記ではすぐに意味を忘れてしまいがちですが、一連の表現の裏には基盤となるメタファーがあると理解できれば、記憶に定着しやすくなります。“over the hill”を「全盛期を過ぎる」という意味のイディオムとして記憶することもできますが、メタファーという観点を導入することで、意味の成り立ちを根本から理解でき、ニュアンスを正確に捉えることができるようになります。この「理解」が「記憶」の強化につながるのです。
 もう1つのメリットは、英語を発信するときに、豊かな言語表現ができるようになるということです。例えば、Life is a journey.というメタファーに基づいて、「人生という旅の道を変える」という発想から、“This book changed the course of my life.”(この本は私の人生の道を変えた)のような表現が可能になります。メタファーに基づいた表現は、たとえ自分で自由に考えたものであっても意味が通じます。英語話者はLife is a journey.というメタファーを頭の中に持っていて、それらの表現の理解の基盤となるからです。
 以上のように、メタファーは英語の受信・発信両方に有効です。つまり、メタファーを学ぶことは英語力を底上げすることに直結するのです。この連載では、「英語学習に役に立つメタファー」という観点から、今後様々なものを紹介していく予定です。

 
→次回は「感情」のメタファーを見ていきます。英語と日本語では感情の表現方法が異なることがあります。実はこの裏にはメタファーが隠れているのです。
 
 
 
【プロフィール】 内田 諭 (うちだ さとる)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。現在、東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。