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新語リポート 第2回 既存語の新しい語義―花本金吾

2015年10月23日|新語リポート

 
 辞書編纂の作業の中で目立たないながらも重要な仕事の一つに、「既存語への新語義の追加」がある。新しい事象や考えは全く新しい単語や表現によって表されることが多いが、既存の単語や表現を使って表されることもあるわけである。
 例えば、現在では知らない人はいないと思われるほどに一般化したtwitterを見てみよう。この語の元の語義は、名詞で「(小鳥の)さえずり、くすくす笑い」、動詞で「(小鳥が)さえずる」などである。ところが、TwitterというSNSの急速な普及で「(Twitterでの)つぶやき」、「(Twitterに)つぶやきを投稿する」という全く新しい意味で使われることが圧倒的に多くなった。twitterとほぼ同じ語義を持つtweetについても同様で、今ではやはり「つぶやき(を投稿する)」の意味での用法が中心である。
 今回はこのような「新しい語義を持つに至った既存語」のうち、特に興味深いとぼくに感じられた例を二つ挙げてみたい。
 第一の例は、他動詞のembedである。これは2003年に始まった米国によるイラク侵攻のころから、主にembedded reporter [journalist]の形で使われるようになった。「~を埋め込む、はめ込む」の意の動詞であるembedが、上の表現では、「従軍(記者[ジャーナリスト])」の意味になっている。いつ、どのような経緯で上記の意味で使われるようになったのかについては、今もつまびらかにできていないが、2003年以前ではなかった、と考えている。ぼくの調べた範囲でこの新しい語義を最初に収録したのは、The New Oxford American Dictionary [NOAD] 2nd edition (2005)であった。もちろん現在では、和洋の相当数の辞書がembedの語義として、「(記者・ジャーナリスト)を従軍させる」を収録している。
 第二の例は、「(テロ容疑者などの)他国への引き渡し」の意味でのrendition、同じく「引き渡す」の意味での動詞renderである。これらが使われるようになったのもイラク戦争の中ごろからである。「翻訳、解釈、演奏」などの意が最も一般的なrenditionが、どのような経緯で上記の意味で使われるようになったのか。調べてみると、renderが語源にhand over、give upなどの意味を持っており、それが名詞として発展し、「(国外逃亡犯の)引き渡し」となり、主に法的なコンテクストの中で使われていたことがわかった。米語に関して最も権威のある辞書と見なされてきたWebster’s Third New International Dictionary (1961)では、確かに第二の語義として、extradition「(国外逃亡犯の)引き渡し」が与えられている。
 だとすれば、これは新語義追加の例に当たらないのではないか、という疑問が出ても不思議ではない。ところが2004から2005年以降に使われる場合の意味は、同じ「引き渡し」でも従来の意味とは本質的に異なる。その違いとは、条約などの正規な手続き(due process)を経て行われてきた「引き渡し」が、「テロリストを正規な法的手続きによらずに、投獄・取り調べの目的で他国に引き渡すこと」になった点である。つまり、renditionの新語義は、ある意味で不法取引とも言いうる「引き渡し」になってしまったのである。
 このあたりに2001年9月のいわゆる同時多発テロを被った米国民の、そしてその政府の動揺や怒りが感じ取れるかもしれない。しかしこのようなrenditionに対して厳しい批判を浴びせている論者は多い。いずれは米国史の中で、この時代の汚点を暗示する語として残るかもしれない。
 今回は、新語といっても単語そのものが新しいのではなく、新たな意味で使われるようになったケースについて述べてみた。前述のTwitterもそうであるが、最近はLine、Periscope、Vine、Whisper、Yelpなど、主にSNS関連で、一般語を固有名詞化した商標が増えている。Apple、Subwayのように、すでに辞書編纂では省けないものも生まれている。収録を迫るものとして、今後どのようなものが生まれるのであろうか。
 
 
【プロフィール】花本 金吾(はなもと きんご)
早稲田大学名誉教授。専攻はアメリカ文学・アメリカ語法。『全国大学入試問題正解・英語』の校閲のほかに『英熟語ターゲット1000・4訂版』『基礎英作文問題精講・改訂版』(いずれも旺文社)など著書多数。『オーレックス英和辞典』編集委員、『オーレックス和英辞典』専門執筆。